2017年04月07日

勉強が苦手みたいなのよ

一年生はどう?今年は2年生ねと聞いたところ
頭良くないみたいでね、勉強が苦手みたいなのよ。
くもんに行かせてるみたい。
お孫さんの様子を聞くとこんな風に仰る。

元気に学校行ってる?と聞いたつもりなんだけどなぁ。σ(^_^;)アセアセ...



お勉強は、机に向かって苦行を強いる行為だと頭から信じて疑わない人多いですね。
努力が足りない、辛抱が出来ない怠け者だとでも思うのだろうか。


人間、子供だって希望の無い努力なんて出来るもんじゃないです。
ただただ、黙々と下らない計算を機械的にこなすだけで楽しいはずないじゃないですか。
競争で誰が一番早くできるか、それは計算が楽しいのではなくて人との競争に勝つことが楽しいんだと思います。
勉強で楽しいのは分からないと悩んだ末に分かった時のアハ体験でしょう?



興味を持ったものや事の未知を明らかにすることの面白さを知ったら子供は自分から進んで勉強するようになります。
勉強の面白さを教えてやったら子供は目を輝かせて取り組むものなのに、なぜ多くの人が苦行を強いるような勉強のさせ方をするのだろうと思ってしまいます。


虫に興味を持ったり、動く自動車や機械に興味を持ったり、綺麗な花に興味を持ったり、水が波紋を描くことに興味を持ってじっと見ていたりするのが子供。

おもちゃ遊びはお勉強への導入口。

紐でもボールでもノートでもなんでも玩具としてあそんでいる間に勉強道具に大変身。


たのしい遊びとお勉強を別物にしちゃったら子供は戸惑う。

紐が寸法を測るメジャーになり、ボールが地球儀になり、お月様になる。
ノートに三角を書いていっぱいつなげると面になりったり、立体になったりする。

遊びとお勉強の間の溝をどうつないでやるかが教えるということ。

けっして算数の計算方法を教え込むことや覚えさせることが勉強ではない。
1タス4は5、分かった?と言われても分かるはずないじゃない。
挙句のはてに
分からない? 頭悪いね−!なんていわれたらそりゃ傷つくわよね。

1、0、10と言われても、数字の持つ意味合や、量としてイメージや、言葉の違いに疑問を持つのが子供です。
1と0がくっついて10になるというが分からない。そこで躓く子供だっているんです。
そこで親がこの子は馬鹿だと思うか、凄い疑問に気付くなぁこの子、凄いぞと思うか。


遊びは勉強生活の土台なんです。


覚えることつまり暗記するが勉強なんだと思っていたら思考力は育ちませんし、記憶させられることの果てしなさに嫌気が差してしまう。


それよりはこれは何?、どうなってるの?、へーそんな呼び名があるんだ、あっそうか!という経験こそが意欲になり、そのあとに勉強の楽しさが追っかけてくる。
子供は好奇心の塊。


無理やり勉強させても、させられても辛いでしょうにね。




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2017年03月29日

新聞

朝日新聞の販売店との付き合いが30数年になる。
前半は朝日新聞を後半は日本経済新聞を読んでいた。

結婚と同時に取りはじめ、取り扱いはどちらも朝日の販売店であったため長い付き合いになった。


先月その新聞を止めた。

日経に読みたい記事が載っていないことに気付いたのだ。
大きい文字の見出しだけザッと見て世情の流れを掴むだけで月々5000円弱の出費は勿体無いではないか!。

真面目に読むのはテレビ欄と連載小説、私の履歴書、交遊録。
楽しみなのが週間誌の中刷りでは馬鹿げている。

読みたい記事をどんなふうに探せばいいのかよく考える必要があるなと思った。


若い人たちが新聞を取らないと聞いて久しい。
娘のところでも新聞は取っていない。

朝、新聞をマンション1Fの郵便受けまで取りに行くのが面倒だ。
出勤前にゆっくり新聞を読む時間がない。
ニュースならスマホに瞬時に送られてくる。
面白そうな興味をひく記事も携帯サイトには、あふれるほど載っている。


新聞をやめて一ヶ月、PCやスマホでニュースを読んでみた。
最初は当然のごとくyahooのトップページに並んでいる記事を読んだ。
ここには色々なところから出ている記事が並んでいる。
注目を集めた記事が上位に並んでいるらしい。
今話題になっている記事が分かるので情報としてはありがたい。
が、
出版元のポリシーというか主張というか、そう社説に当たる核が無いため統一性に欠けるのは当然といえば当然だ。
yahooは出版元ではない。記事を集めてくれているだけなのだから、選ぶ基準も注目度であって、yahooの主観的選択ではない。



もっと深みがある、なるほどと思える記事が欲しい。

そんな不満を感じつつ、yahooのニュースや色々な論説を読んでいて東洋経済という出版社が出しているサイトに行き着いた。
会社四季報などを出している出版社で経済畑の出版社だ。

昨日このサイトのキャリア・教育欄の親野智可等さん著「『しつけ第一』で子どもをスポイルする親たち一番大切な「基本的信頼感」が育たない」が気になって読んだ。

そうなのよ。叱り方や怒り方が分からないで間違ってしまう親が多いのよね。
なんて共感したり感心したりしてしまった。(笑)



今日は
『考えが「浅い」と言われる人が知らない思考法 ひらめきが起きる人は「幅・深さ・角度」がある
なるほど、人材育成コンサルタントというのはスゴイなぁと感心させられた。

考えが浅いと自分を評価したことはなかったが、こんな風に分析されると、私は思考に角度が加わらない為に発想の豊かさに乏しく面白みが無いのだと分かった。



このような記事は新聞には載せにくい。
ネットならではの新たな情報源だ。専門家が教えてくれる新たな知識や発想は興味深くありがたい。



が、新聞の魅力の一つでもある一見無駄そうに見えるゆるい記事をどこかで求めてしまう。

新聞に求めるものは、世の中の動きと真実と平和的こころ和む記事だ。



新聞社や記者の主観的意見ではなく、客観的意見も公平に知らしめてほしい。
もう世論を代表するように見せていながら、実は世論を誘引誘導している見え透いた記事をありがたく読む気にはなれない。



左右どちらにも偏らない家庭欄が主体で経済や政治が少しだけみたいな新聞があれば良いのに。(笑)



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2017年03月13日

眠れない

眠れなくても気にしなければいいのよ、と能天気なことを言っていたのだが
段々酷くなり気にしないわけにはいかなくなってきた。


明け方までうつらうつらとしたような気がするが眠った自覚が無い。

寝る前の読書がいけないのか頭が冴えてしまうので眠気がこない。推理小説は特にいけない先が気になっておちおち寝ていられない。(笑)
しかし、目はショボショボして霞んでくるので読書を続けるのは諦めるが、頭だけ冴えて眠れない。


そのうちに足がムズムズしてきた。
表面近くがヒリヒリムズムズして気持ち悪い。


そんな日がつづき、googleってみたら、栄養剤が効果的ですよというサイトに行き当たった。


そうだ最近はアレルギー皮膚炎も酷くなってきたのだった。
絆創膏を貼っただけで見当違いの所に湿疹が出て治らない。
絆創膏の跡が痒くなったり赤くなるのなら分かるが、肩に湿疹が出てもまさか絆創膏が原因だとは思わない。
今まで使っていたクレンジングにも負けた。
なんとお尻に湿疹が出て治らない、もしかしてと使用をやめると徐々に治っっていく。

そこで同じような体験談をネットで探すと、マルチビタミンが良いですよ。というのがあった。

アレルギーも体力が落ちると出やすくなる。とそのサイトに書いてあった

なるほどそうか、栄養の吸収率が落ちてるのかと素直に納得。

足がムズムズして眠れない時はビタミンB群や葉酸がいいらしい。
アレルギーが酷く出る時は脂肪肝の可能性。


やはり眠るにも体力が必要なんだ。


そこでもう一度googleって、マルチビタミン薬を探した。
http://stretchpole-blog.com/supplements-and-drugs-for-fatigue-recovery-9612
 ↑
サプリより信用できそうなのであえて薬

新リバヘルスゴールド(第一三共ヘルスケア)第2類指定医薬品を買ってみた。
コレステロールを下げる効果を期待して。というよりここで紹介された薬の中では一番安上がり。(笑)
※アマゾンで半額です。


私は新陳代謝異常の橋本病ですから、ついつい代謝を助けるとか書かれていると弱いのです。(_ _。)・・・


真面目に毎日飲むタイプではありません。眠れなかった翌日は飲みます。('-'*)エヘ


飲むから眠れるのか、飲んだからと安心して、眠るのか分かりませんが、12時を過ぎると眠くなるようになりました。





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2017年03月06日

上か下かで人を見たがる人が書いた本

娘がこんな風に考える人がいるんだねと言って紹介したのが「下に見る人 酒井順子著」

人が集えば必ず生まれる序列に区別、そして差別。自らの"人を下に見てしまう"感覚を吐露し、人間の心の闇に鋭く迫る。なかなか書けないホンネを余すところなく露わにする異色のエッセイ!(内容紹介文)


気持ち悪くない?と聞くと。

ウン!気分悪くなる。でもこんな風に考えるんだと思って参考になった。と言う。


ブログのネタになるかもね。と言うと。そうそうと笑っている。


何故この本は人を不快にするのだろうと思いながら読んだ。

そもそも何故こんな本が出版されるのかということにも疑問が生じた。
怖い物見たさというのは誰にでもあるが、気持ちの悪いものが見たいというのはあまり聞かない。
出版社はある程度売れると踏んだのだろうが、根拠が分からない。

残酷な戦場の写真は見たくはないが、そこから感じる重要なメッセージは在るし、メッセージを確かに受け止め平和への願いと祈りを誘う。



この本の作者は現代の風潮として、ごく一般的に他人を下に見て自分の置かれている位置を確認し安心する人々の習性を吐露し指摘ている。



読んでいると引きずられてどうしても自分はどうだろうと思ってしまう。
彼女の物指しで自分を計ってしまう。
そして気分が悪くなる。
窮屈な服や靴を身に付けさせれられているような、身体を締め付けられているような不快感に見舞われる。

人の身なりや容姿を評価して自分と比較して安心する?或いは焦る?嫉妬する?
なぜ比較しなきゃならないの?
お金持ちか貧乏か、美人かブスか、背が高いか低いか、頭が良いか悪いか、、、、
人と比較して楽しい? それで豊な心持で暮らしていけるの? 幸せになれる?

相手が自分より下だと思うと安心するんだ。へー。なんとも情け無いね〜。
もう少し空気いっぱい吸い込んで晴れ晴れとしたら?と、つい説教したくなる。(笑)



子供の頃他人を羨む事を口にすると父に叱られた。
他人は他人! 自分は自分! プライドを持って生きろ!


自分に自信が持てなかった19歳の時、
自分を好いてやらなきゃダメだよ。自分を愛さなきゃね。誰もアンタを愛しちゃくれないよ。
と教えてくれた大人がいた。

その時、泣きたくなった。
自分に冷たくしてどうする。自分で自分を突き放してどうする。
自分を暖かく包むのは他人ではなく自分なんだ。
基本はそこからなんだ。


「下に見る人」を書いたこの作家が忘れているものが有るとしたら、それは人や社会に対する愛情ではないかと思った。
この人は愛に飢えているの?と考えた。が、いやいやどうもそうではないらしい。


容姿が劣り頭の悪い女を見て安心するという心理はあまりに冷たいし狭い。

容姿が劣っても頭が悪くても、大らかな優しさと明るい心があれば人は幸せになる。

この人は、ただ見下すことの心地良さを訴えている。
上か下かなんて誰も言わないけれど誰でも考えていることだと今更のように言っている。
が、
上か下かなんて人類が集落で生きるようになった大昔からあるのだし、いじめも今に始まったことじゃない。
司馬遼太郎さんの菜の花の沖でも書かれている通り江戸時代でも熾烈なものだったのだ。


部落差別だって戦後十数年後の私が子供の頃まであったし、子供であってもその中に入り遊ばせてもらおうものなら親たちにこっぴどく叱られたのだ。
朝鮮部落というのもあった。小学校の時の教師が侮蔑の目を向けているのを子供の目で見て知っていた。


今は部落解放運動の御かげで隠され、分からなくしてしまったが彼らの血の中からは消せないのではないだろうかと思ったりする。


そして問題は差別される側ではなく、差別する側の血が未だにくすぶっているということだ。
私はあなた達とは違うのよという優越感を棄てられず人を見下していたいという心理が潜在意識の中にある。ということをこの本は示している。

大昔の田舎の賤民意識の強いヒステリックなおばさんみたいに他人を見下してシラーとした顔をしている人がいることに驚いた。



戦後の民主主義教育を受けた少し教養のある人なら、己の薄汚い差別意識はすでに封じている。

どのような生まれや育ちの人であれ、その人の内面やその人となりを見て価値を見出そうとするように導かれて我々は育った。


武士の精神性を誇りに生きた父に育てられた私には確かに血筋を誇りに思う気持ちがある。が、人を見下す卑(いや)しさも同時に教えられた。
むしろ卑しい心を説いてくれたことの方がありがたかったと言える。


人を見る意識とは見る側の人の人間性の表れであろう。



この本は、その人間性の薄さや卑しさに気持ちが悪くなり薄気味悪さを感じるのだなと思った。






あまりに後味が悪いので、向田邦子さんの文庫本「隣の女 (短編集)」を貪るように読んだ。

さすが、向田さん。ハートたち(複数ハート)





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2017年03月02日

アイデンティティ?

アイデンティティとは
自己同一性などと訳される。自分は何者であるか,私がほかならぬこの私であるその核心とは何か,という自己定義がアイデンティティである。何かが変わるとき,変わらないものとして常に前提にされるもの (斉一性,連続性) がその機軸となる。(ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説)


小難しい解説はさて置き。

孫の話である。(笑)

今、娘の所にドイツ留学中に知り合ったドイツ人が来て泊まっている。
会話はほとんどがドイツ語らしい。(゚゚;)エエッ
日本語しか話せない私からするとなんとも羨ましい気がする。外国人とペラペラ喋っている人なんてこの辺じゃ見ませんから。恰好良さげに見える。
が、そうでも無いらしい。

留学したことのある人ならそりゃ話せるでしょうと思いがちだが、生活が出来る程度の言葉はなんとか習得して帰国することになるが、2、3年の外国住まいでネイティブに劣らぬ言葉や思考を習得するなんてことは無理なんだそうだ。
ようするに娘の頭は日本語で出来ていて、ドイツ語はツールでしかない状態。
その片言ドイツ語の母親を見て聞いて、孫が面白い反応を見せているようだ。

この娘の頭と言葉を介して今まさに言語を習得しようとしている孫の混乱ぶりが垣間見えた気がしたので書いてみようと思った次第である。

赤ちゃんは保護者の主に母親の声だけを耳で吸収して言葉を習得するのではなく、その表情を読み取り頭の中の回路も見て習得しているのではないかと私は見ている。


人は自分の脳に詰め込まれた膨大な言葉を使って考えをめぐらせてアイデンティティを確立していく。
あるいは芸術的センスで自分の思いや潜在的意識を形作ったりする。


自己形成において言葉(語彙)はたいへん重要だと私は思っている。
悩みにぶつかった時や苦し心情にある時、その断片的な思いや感情を文章にしてみるとなるほどと思い当たることは多い。
その文章は当然日本語で綴られる。
多くの人が母国語で自分の考えをめぐらせているのである。思考は言語で表現される。

さて
人は何才頃からこの自己構築をはじめているのだろうか

自分の思いを相手に伝える。自分に問いかける。
そのためには言葉は不可欠だ。
その言葉の習得に全身全霊で吸収している時期はかなり早い段階。
乳期時期からだと私は思っている。
いやもっと早くて胎児の頃からかもしれない。

孫はドイツで生を受けた。
妊娠五ヶ月に入ってから日本に来た。

最近、もうすぐ1歳になる孫は私達の会話に参加したがる。
自分でも何か言わなきゃと思うらしく、喃語(なんご)で喋りに参加する。
単語ではなくセンテンスになっていてアクセントは既に習得しているように感じる。

では何故言葉を発しないかというと、分からないのではなく、舌が動かないのだと思う。
まだおっぱいを飲んでいる舌は喋る為の機能が未発達で言葉にならずに喃語になるのではないだろうか。


ドイツからのお客様と過ごす間、孫は何となく違和感を覚えつつもあやされると喜んでいたらしい。

が、

パパが帰宅し、英語で話に介入してきたところで、
カルチャーショックを起こし、泣き出したそうである。(笑)


会話に参加できないその状況が悲しいのではなく、理解不能になったことが悲しい。

疎外感とか、ここは何処?私は誰?みんなどうしたの?私にも分かるように話してよ。
この混乱はなんとも気の毒である。
母親は時々外国人といつもと違う言葉で話しているがその内容やその気持ちはなんとなく分かる。
だからそれほどの混乱はなかった。
しかし、父親の英語は始めて聞いた。アッ!(゚ρ゚;
そして三人が英語とドイツ語で会話している
パパもママもどうしたの?。・゚゚・(>д<;)・゚゚・。 ヒィッ
この話を聞いて、
これは孫はもう言葉を吸収しアイデンティティを築き始めていたということになるのではないか?
と、私は思った。



母国語というのは初期の成長段階において重要なものなのだと思う。
早い段階から他国語を聞かせると言語の習得がスムーズになるように感じるが、そう簡単な話しではなさそうだ。



絵本を読んでやったり、童謡を歌ってやるのは情緒の安定に役立つといわれている。

親が楽しくもないと感じている絵本をイヤイヤ読んでやっても情緒の安定には繋がらない。
絵本の情景を想像しながら読んでやると伝わりやすい。童謡の風景を想像しながら歌ってやると喜ぶ。


先日、ドライブでジブリの曲に飽きた私達は孫を乗せた車で孫の好きそうなアップテンポのジャズを流した。
孫は静かに聞いていた。時々アーとかウーとか声を挟んでいる。
マライア・キャリーを流すと歌に聞き惚れてように見える。
英語の歌でも心情は伝わるようだ。
やはり教え込む事を目的として聞かされても習得するのは難しいのではないだろうかと思う。


赤ちゃんは親の心情を敏感に感じ取っている。心情とともに言葉を受け止めている。
親が頭に描いた絵やイメージと言葉を同時に受け止めているのだろう。


1479721306554.jpg

上の写真は八ヵ月半のころのものである。
親を真似て楽譜を見てピアノの音を出している。

ピアノの音に興味あるのではなく、楽譜を見て弾くことに興味を持ったらしい。
やはり
子供の発達心理学は面白い。o(*^▽^*)o~♪
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2017年01月31日

トランプさん

昨夜プライムニュースでトランプさんについて話し合われていた。

終わり頃をちらりと見ただけなので番組内容に対しての感想ではないが、最後に城内実氏(自由民主党衆議院議員 元外務副大臣)がトランプ氏の印象について語っておられた事が印象的だったのでちょっと触れてみたいと思った。

氏はトランプ氏はなかなか頭が良くて冷静でしたたか、本筋を間違わない人ではないかと言っていた。


実は私もそんな気がしている。

世界情勢とか他国との交渉術とかお構いないしに乱暴に権力を振るう危ない大統領だと見る報道が流れているが、大筋だけを聞いている主婦が偉そうなことは言えないことは百も承知で言わせていただければ、女の第六感(私の第六感)で見ると世間が言うほど危険極まりないという風には見えず、逆に誠実そうに見える。

そして彼の目はあながち間違っていないようにわたしには思える。

トランプ氏が当選した背景には、世界が抱えるブルーカラーと言われた労働者階級が貧困に苦しんでいる現実がある。
教育を受けられず、また恵まれた環境にないままに成人し重・軽の労働につくことになったが、世界の情勢はグローバル化の中で労働による仕事が他国に奪われてしまい生活を脅かされている。
他国からの脅威だけではない、ロボットが人間の労働に取って代わり、彼らの仕事を奪っている。
その悲痛な叫びがトランプ氏を大統領に押し上げた。

世界の発展を推し進める政治経済人の多くがこの労働者達の行く末を見て見ぬ振りをしてきた。
しかし、世界には多くの労働階級の人たちがいて、彼らをどう養っていくかのかという道を指し示す人がいない。
そこにトランプ氏がグローバル化の波に押し流されるアメリカ国民を助けなければいけないんだと唱え、受け入れられ大統領になった。




が、そこからが難しい。問題はその手法である。
支持者が分かる施策を行わなければ彼らの気持ちに応えることはできない。


メキシコとの国境に壁を作り移民を阻止する。
TPPは国益に反すると判断して反故にする。
中東諸国から来ている人々を入国・再入国させない。
医療保険制度改革オバマケアの撤廃や見直し
等、等、等、


今、トランプ氏は支持者の気持ちに答えなければならないとばかりに大統領令を出しているがアメリカ大統領は支持者のみの大統領ではない。
世界の超大国アメリカの大統領なのだからそんな支持者目線の認識で済むはずが無い。
その事をトランプ氏はよく分かっているのではないかと私は感じている。

早いうちに支持者へのお返しは終わらせて、世界とアメリカの関係に重心を移すのではないだろうかと期待している。

世界はバランスの上に成り立っている。
世界経済を生み出し育て押し進めているのは、教育をじゅうぶんに受け、世界を見据えたグローバルな環境で活躍してきた人たちである。
そして、その対岸にいるようなギリギリの生活にあくせく働く労働者達いる。
この労働者達が安心して幸せに暮らせる社会にするべく私は大統領になった。
アメリカ国民が豊かに暮らせる為にどうするべきか、その事を根底に抱いて動き出す。

さてどう動くか

アメリカ・ファースト(アメリカ第一主義)をトランプ氏は大きく訴えてきた。
でも、もともとアメリカはそういう国だったではないか。(笑)
世界の国々に難題を押し付けて煮え湯を飲ませ優位に立ち儲けて来た。
日本は何度煮え湯を飲まされたことか。
それでもしたたかに日本は経済大国になった。
しかし、日本は敵ではない。一緒に儲けましょうと固く同盟している。

イギリスはなんといっても元をたどれば出発点。
命を掛けても一緒に戦ってくれる国だ。
その両国首脳とはすでに会っている。
なかなか強かな内面がみえるではないか。押さえるところは押さえている。


懸念は中国だ。

トランプさん中国を強く警戒していると私は思う。
今、経済の流れが中国に注いでいる。
中国はアメリカの脅しに屈するような国じゃない。
中華思想の国なのだから。
<中華思想(ちゅうかしそう)は、中国が宇宙の中心であり、その文化・思想が神聖なものであると自負する考え方 (ウィキベディアより)>



両国とも貧富の差が大きい国である。
抱える人口も桁違いに大きい。



トランプさんはいち早く貧困層の救済に目を着けた。
彼らに仕事を与え、収入の道をつける。

アメリカが中国から富を奪わなければならない。富を国民に注がなければならない。
だって、お金は血液のように世界中を回っている。
たくさん流れ込んだ国が潤うのだ。


アメリカ! アメリカ! アメリカファースト。
中国に負けてたまるか。(゙ `-´)/ コラッ!!



グローバル化で国ごとの役割分担なんかに縛れていては自国民を飢えさせてしまう。

よく考えればこのTPPでアメリカが儲かるか?
日本有利に出来てるじゃないか。と離脱表明。なるほどアメリカファーストだ。(冷笑)

日本はアメリカに無理強いされた形でTPP参加になったのにね。(笑)



トランプさんはアメリカに工場を誘致したいと思っているのだろうと思う。

世界の工場をアメリカに呼び戻す。





トランプさん、まだ中国とコンタクトを取っていない。

ちゃんと世界を見ている。強(したた)かさがみえるじゃないか。






今回はトランプさんを好意的に見たが、さてさてどうなるのか。



(ง •̀_•́)ง



ね。
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2017年01月24日

朝ドラを見ていて思った。

"脇を固めるベテラン女優”という文言を聞くことがある。

なんとなく聞き流していたが、今回の「べっぴんさん」を見ていてなるほどなと思った。

ここにきてようやく存在感のある"脇を固めるベテラン女優”さんを見た気がした。
江波 杏子さん
70歳を過ぎていらっしゃるそうだが格好良さは流石、
映画『女賭博師』シリーズで脚光を浴びた大女優さんなのだ。

取り立てて好きな女優さんというのではないが、その圧倒的な存在感はテレビ画面からも伝わってくる。


前回のとと姉ちゃんではベテラン俳優さんが脇をシッカリ固めていた。
片桐はいり、秋野暢子、ピエール瀧、片岡鶴太郎、大地真央、・・・・。
西島秀俊、向井理、諸氏もベテランの中に入るの?かもしれない。(笑)
実際にこの人たちに会うとオーラがあって光って見えるそうだ。
後光が射しているという。

その動きや立ち姿が美しく、魅了されるらしい。


その人の存在感というのは、その人の内側にあるパワーなのかもしれない。

彼らはその容姿の美しさは二の次に、このパワーを内に持ち、それを磨き上げることを学んできたのかもしれない。




その圧倒的オーラというものを欠くとドラマはつまらなくなる。
いくら人気の若手を多く登用しても、締りのない作品になるような気がする。


べっぴんさん、正直言って面白くないです。

ヾ(・ε・。)ォィォィ


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2017年01月19日

ありがたい翻訳サイト

さぁ、寝ましょと布団に入って直ぐにメールが携帯に入った。

PCで陶芸作家の作品を売るネットショップはじめて早いもので8年が過ぎた。
ネット注文が入るとメールが携帯にも届くように設定している。
先のメールはそれだった。

ネット販売はほとんど趣味である。
陶芸作品(陶器)が好きで、地元の窯元を訪ね作家さんのお話しを聞くうちに興味が湧き、ネットで作品を紹介するようになり、ネット販売を思いついた。

どの作家さんもネットで売るなんて無理無理と笑って、好きにすれば?知らないよ?と私の遊びに呆れていた。

そのうちにネットが社会に浸透し、一点でも売れれば「ほうヽ(*^^*)ノ」とのんびり喜んでくれていた。

元手が掛かっていないから互いに暢気なものだった。


それが、今では中国から注文が来るようになった。
もともと暢気に楽しんでいた遊びである。商魂など無い。そこに中国のバクガイが入り込む余地など無いのに・・・。あせあせ(飛び散る汗)
しかし、相手はそんなこと「知るもんかい」と思っているはずである。

さて、困った。
中国人が、これは無いのか?何時入るのか?(変な英語で)とせわしく聞いてくる。

まず、海外には発送しません。と中国語で書いた。没正做到海外的送
これは中国に住む日本人に教えてもらった。


そうすると、彼らは中継地点を指定して注文するようになった。
しかし、名前から中国系であることが分かる。
届け先を見ると倉庫らしい。

ここからがまたまた大変になった。
中国人は押しが強いという印象がある。
割れていて賠償しろなどと言われては適わない。

Is it sent to China?
There is no damaged compensation by transportation.
それは中国に送られますか?
輸送による被害の補償はありません。


Even if broken
Please promise not to complain.
壊れていても、文句を言わないと約束してください。

Yes or No?
はいそれともいいえ?


売買が成立する前にこれだけは押さえておかなきゃと苦労して英語に訳した。


私は英語はほとんどといっていいくらい分かっていない。
外国人との意思疎通など昔ならまったくもってお手上げである。
しかし、今はGoogleやYahoo!の翻訳サイトで日本語を瞬時に英訳してくれる。
ただ、この翻訳にはコツがいる。
英語になりうる日本語を入力しないととんでもない英語になる。
私はGoogleで英訳してもらい、Yahoo!で和訳してもらう。
Yahoo!のほうがとんでもない訳しかたをすることが多いからである。


冒頭のメール
やはり中国人(台湾かも)からの注文メールだった。
しかし、その商品は昼間中国人が買ってしまっている。
うちは一点ものを売っている。
3千円の一点物を丁寧に売るのだから効率が悪い。┐('д')┌
しかし、注文が殺到することが無いので商品管理はいたってシンプル。(笑)
カート機能が誤作動を起こしたようだ。

これは拙い。困った。
夜中12時に起き出してPCを立ち上げ、さてどうしよう。
買ったほうは嬉しくてワクワクしていることは確かだ。
中国人は喜怒哀楽をストレートに伝えてくる。
oh! I'm so lucky 直ぐにこんなメールが届くのである。


この乗りだ!この乗りで対処しよう。
Subject: This shopping was unlucky.

Mr. *****g
The cup you tried to buy was bought a few minutes ago.
Please purchase at next opportunity.

There is no cup of Ishihara.
There is no arrival schedule.

運が悪かったですね。
***** gさん
購入しようとしたカップは数分前に購入されました。
次の機会にご購入ください。
石原の杯はありません。
到着予定はありません。

と直ぐに送った。すると直ぐに返信が来た。

Oh,What a pity! But that's OK.I will buy next time.
Thank you very much.

Wish you a happy new year and all the best.
Spring
ああ、残念なことだ! しかし、それはOKです。私は次回に購入します。
どうもありがとうございました。
あなたに幸せな新年と最高のすべてを願ってください。


なんと気持ちのいい返事だろうと思った。きっとイイ奴なんだと思った。

むかし、同じような事例があったとき、日本人のその女性は電話で抗議の電話をして来て彼女は泣いたのだった。



ファンというのはありがたいものである。
しかしその時、件の作家さんから色々な人がいますからと、熱狂的なファンとの距離のとり方を諭されたのだった。


この作家さん現在精力的に海外にも進出して個展を開いている。
そこで、見てファンになり、私のところを探し当てて買っているのだろうなと思うと、なるべく対応したい気持ちになる。
しかし、先日名前を公開出来ないという人物から注文が来た。
すごく腹が立った。
さすがに名前も言えないような人に売ることは出来ませんと返信した。
最初、横柄で機械的だった態度が段々人間らしくその人らしさが見える文章を送ってくるようになった。

何度かメールを交わすうちにこの注文は受付けたが、何らかの対処がいるなと考え、会員制を導入した。

会員登録で苦労するらしく、ある程度の知識のある外国人だけが登録を済ませ、購入してくるようになった。


ファンとの交流は楽しく、御かげで一日がアッという間に過ぎてゆく。

外国人との会話も楽しめる時代が来るなどとは思いもしなかった。


でも、もうすこし儲けを考える時に来ているような気もする。

先日、本業である夫の会社の税理士さんがそろそろネットショップの申告、必要になってませんか?
年間20万円の収入がある事情者は申告の義務がありますよといわれた。

経費を引くと無さそうだがな。(・・。)

趣味と実益。採算。考えなきゃなぁ。

中国人相手にぼろ儲け?。
もう中国人のバクガイも終わりですって。(笑)


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2017年01月09日

血のつながり

娘は結婚し去年子供にも恵まれた。
人間にとって子供を産むということは人生の一大事。

出産を経験すると人生観がガラリと変わる人が多い。
不思議なことに自分よりも子供の方が大切に思えるのだ。
子供を育て上げる使命感に突き動かされ力が漲ってくる。

結婚は縁あって互いにまぁ良いなぁと思い、自分の意思で一緒に生活するようになる。
が、子供は互いの信頼もそれぞれの意思もへったくれも無い。
何も無いところから関係を築きあげ作り上げていくことになるのだと娘の出産子育てを見ていて改めて強く感じているこの頃である。

生まれたばかりの子供は、最初から親を信頼して頼ってくるような心優しき者ではない。
冷たい言い方になるが、単なる生きもの、生命体なのだなと感じることが多々あった。
それを優しく抱(いだ)き肌と肌を触れ合い、優く声を掛けられ、微笑みを受けてはじめて心通い合う親子になっていく。
生まれた直後から赤ちゃんは母親に親しみの感情を持っているというのが一般的認識として有るように思う。
が、その認識を前提にした勘違いが多くの母親を悩ませているのではないだろうか。

余談になるが、ではいつ頃から赤ちゃんは親の母性や父性や親しみ愛情を感じるようになるのだろうか。
個人差は大きいのだろうとは思うが、たぶん声掛けに反応し始め、自分の手足を認識し始めた頃から笑顔で包み込んでくれることを快く感じ、母乳やミルクをいっぱい飲んでお腹が満たされ、不快を取り除き、いつも傍にいてくれる安心感や心地良さを感じるようになるのではないだろうか。
保護者の愛情を認識するのは案外に遅く声掛けに反応し笑顔を見せ始める頃からかもしれない。
これはあくまでも私の感じたままの私感です。



親はわが子の成長をお腹の中にいた時から感じ見つめ、出産によってようやく対面となる。
正に血肉を分けて生まれでた子を抱く感動を味わう。



夫婦はパートナーだから、解消することができる。
しかし、親子はどんなに不都合・不出来な親であり子であってもDNAが証明するまでもなく血の繋がった、自分の中の細胞から分離した子。親子なのだ。
この関係は消しようがない。

今年の正月は義母様の所に子供夫婦、孫夫婦、曾孫らがうち揃って新年の挨拶に行った。
総勢17名がベットを囲んだ。
血の繋がった者がこんなにいっぱいいる。
それだけで義母様は幸せな人だなと思ったが、ご本人はそれぞれの連れ合いの名を覚えるのに必死だとぼやいていた。(笑)




年末に義妹(弟嫁)のお父さんが亡くなった。
94歳で自宅で義妹の介護を受けて続け、娘夫婦に看取られて自宅で静かに往生したそうである。
これもまた幸せな死に方である。

弟夫婦には子供がいない。
義妹はひとりっ子である。
血の繋がった近しい人がいなくなってしまった淋しさを思うとなんとも切ない。
毎日のように綴っていた彼女のフェイスブックが更新されなくなっている。


30年前
父が逝き2年後に母が逝った時、この弟とひと悶着有った。
それぞれに連れ合いが出来、連れ合いの家族の思惑に翻弄され、その上に親戚達がからんで縺れてしまった関係は容易に解(ほぐ)れはしなかった。
三人姉弟の真ん中が抜け去った時、棺の前で一晩中この弟と話した。
まだ30歳そこそこだった弟も50になろうとしていた。
20余年の歳月と血の繋がりが当時の記憶と感情を淡い色にしてしまった事をその時私は感じた。

兄弟は他人の始まりというが、しかし血は争えず、水よりも濃いものを我が心の内に感じたのだった。


私は娘に兄弟(姉妹)を授けることが出来なかった。
それはかわいそうよ。もう一人産んであげなさい。と近所のおばさんが言っていた。
おばさんはきっと、血のつながりの重さを知っていたのだろうと今になって思う。


それでも
娘がいて娘の夫がいて、孫がいる。優しい気性の夫がいる。

人数は少ないが、いてくれるだけで幸せだと思う。

大切にしたいと思う。



義妹が少しずつでいいから、淋しさ悲しさから解き放たれる日が近付くことを願うばかりである。
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2017年01月02日

紅白の感想

一昨年の紅白にガッカリしたと書いた。


去年(2016年)の紅白は


落着いて楽しむことが出来ました。
ありがとうございました。


相葉君の一生懸命さと有村架純ちゃんの落ち着き振りが印象的でした。
架純ちゃんも内心は必死だったのでしょうが、度胸のよさが取り乱しを押さえつけているようで益々ファンになりました。


ここ数年のような声が裏返りや調子に乗りすぎた見苦しさを見せることも無く、冷静に進められる進行にようやく冷静な日本らしさが帰ってきた感があり嬉しかったです。


人間が作る創造と偶然の生放送。大変なことですね。


最近、夫は市川由紀乃さんを応援している。
声が好きだステキだと言っています。
泣かずに歌えて良かったとホッとしている様子です。(笑)

若手の実力者が、古い大きな顔した先輩方を外してくれたことで出場できたこともめでたいですね。
若い良い芽を鍛えて伸ばして行くのは社会の大切な役割です。
若い清い芽は勢いがあります。それはこれからを発展させる力です。

出る杭をやたらめったらに叩き潰そうとする馬鹿が多い世の中ですが、守り鍛え育てる賢者も目立たずとも多くいます。
芸能の世界に限らず、若者を厳しく逞しく育て上げられる社会であってほしいと切に思います。



最後に武田真一アナウンサー。
ステキでした。“「情熱と真心を込めて務めたい」と穏やかなほほ笑み”伝わりました。




posted by win-manma at 15:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 暮らし