2020年05月23日

学芸員というお仕事

4月末の笑ってこらえて見て学芸員に興味を持った。

工芸作家さんとつながる仕事をしていて元々工芸や美術に興味があり美術館にはよく行く方だと思う。
そこで展示物のそばにいらっしゃる学芸員さんを見ることはあったがどんなお仕事をしていらっしゃる人なのかは知らなかった。
大切な美術品の番をしているんだなと思っていた。

笑ってこらえてで紹介された学芸員さんは「豊田ホタルの里ミュージアム」の館長さんでもある川野啓介さん。

身近にある生物や鉱物を学術的知識に照らして分かりやすく紹介してくださっている人だ。

養老孟司さんの本を読んでいると目は脳の一部だということが書いてあった。
川野さんもナメクジを使って同じことを仰っていた。
ナメクジの片方の目を切除しても再生される。これ凄いことだなんだと言っておられた。
そうだよな、人間には再生能力なんてないもんな、いろんなことを知っている人がいて実験したり観察したりしてそれを教えてくれるのが博物館や学芸員さんなんだと知って驚いた。

学校ではそんな風に教えてもらえない。知識だけ吸収して試験に備えられればいい。悲しいかなそれが学校教育の現状だよな。

本来の教育ってのは違うのよね。何が不思議なのか気付かせてくれて導いてくれるのが教授してくれるということだと思うけどな。

もし今、小さい子を育てている段階だったらこんな先生の話を聞かせたり見せたりして先生の言わんとしていることを吸収できるように子を導いてやりたいと私は考えるだろうなと思った。

そのためには、親に科学や生物の不思議をキャッチできる柔らかい頭が必要なんだと思う。

目が脳の一部だと言われても知識としてしか認識できなければ言葉のコピーを子に渡すことしかできない、目からの情報を脳がどうキャッチしどう処理するのかということに興味が進まなければ不思議と思うところまでは行けない。
さらにその脳が再生されるとはどういうことなんだ?と思わなければ興味は膨らみ進めない。
その興味を進ませるということには親のちょっとした言葉かけが必要だったりする。

これが子育ての面白さだ。


未来の科学者、育て!! と応援したい。だって面白そうだもの。(*^^*)




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2020年05月07日

お金じゃないのよと言われて・・・

書道サークルを1月末に立ち上げたがコロナで会議室が使えず教室が開けない状況が続いている。
が、書道は皆さん続けている。先生は自宅にいて送られてきた作品を添削して送り返す毎日を続けておられる。

書道サークルとしては会費を集めて緒経費や講師への謝礼などの活動を行わなければならない。
皆さんから集める会費をいくらにするのが妥当なのか会計さんと話し合った。
会計さんが公民館講座の謝礼を参考に2500円〜3000円ではどうだろうかという。
少ないと思いつつも、1月の時点で先生にこれでどうでしょうかとお聞きした。
先生はそんなに要らないと仰った。

講師に払われる謝礼というのは少なく、元のカルチャーでは1人2000円に満たない報酬だったと聞き驚いた。(月に2回の講座)
我々はカルチャーセンターには4、510円/1ヶ月払っていたのに・・・。"(-""-)"

説得して先生への謝礼を2500円ということでご納得いただいた。

それから逆算して経費を含めて3ヶ月10000円ということにほぼ決まった。

異見が出た。
半紙しか見てもらわない人と半紙と条幅を見てもらう人が同額というのはおかしいと。

それはそうかもしれない。(';')

そこで条幅を見てもらう人は上乗せするべきだということになったらしい。
会計さんから条幅部は1000円足して3500円を先生に謝礼を払うという案が示された。

さてどうしたものだろうと思案した。

先生の『そんなに要らない』という最初の言葉が引っかかった。
ここに先生の深い思いがあるのではないだろうかと感じた。


会計さんにちょっと待ってね。先生に納得してもらわないといけないと思うからねとこの案を預かることにした。

会費改定案を作り先生のお宅に行った。

案の定先生は「要らない」と仰る。
皆さんが受け取ってもらいたいと言っているんです。と言っても首を縦に振らな。

年金もあるし困らないからとしか言われない。
会で預かって何かの時に使えばいいじゃない私は要らないからと仰る。頑なだ。
そうか!お金が欲しくて書道を教えているのではない。これは先生のプライドなんだ。
お金を払うということはそのプライドを傷つける行為なんだと気付いた。

後で人と人との繋がりはお金ではないと思って数十年やってきたと先生は仰った。
金銭の多寡なんてどうでもいいこと。他の教室よりも少し多く受け取るなんて意味のないことなのよと思っておられるのだと私の方が納得してしまった。

なんと大きな器なのだと今少し感動している。


先生は子供に恵まれなかった。
大先生から厳しく指導されて身につけた技と美を弟子に惜しげなく注ぎ伝授してくださっている。

そして生徒が自分の宝だと笑顔で言われる。

なんと有り難い師に私は巡り合ったのだろうと思う。



私は先生のこのお気持ちをメンバーの人たちに伝えなければならない、分かってくれるだろうか???




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2020年04月30日

グリーフ(死別の悲しみ)

友人が夫を急に失い深い悲しみに苛まれている。

病状を聞いていて相当に悪そうだとは思っていたが、まさか入院10日後にいってしまわれるとは思わなかった。
病院嫌いで医者に掛かろうとしてくれないと友人はこぼしていた。
食事もほとんど要らないと言う。我儘を通す人だからと付き添っている妻としては歯痒いけどうしようもないのよ、子供なら叱りつけて抱えて連れて行くのにねと言っていた。

強い意志を持ったご主人だなと日頃から感じていた。
きっと死期を感じておられて、なお医療に頼らず静かに命を終わらせる覚悟を決めていらっしゃったのではないかと思った。
亡くなったと聞いた時、この死にようはご主人の意思じゃない?と友人に言うと、息子ともお父さんらしい死に方だったねと話したと言っていた。

その友人が今深い悲しみから自律神経を狂わせている。
眠れない、食べられない、味覚臭覚が無い、寒い、血圧が乱上下する、脈拍が乱れる、集中できないなどの症状が出て日常生活に戻れなくなっている。

掛かりつけ医師に相談したら自律神経失調症だと言われ抗うつ薬が処方され、多少楽になったけれどまだまだね。と言っている。


こんなにも大きなダメージを受けた人を今まで見たことがなかった。

姑は舅が亡くなった時舅が迎えにきそうだと言って怖がり常軌を逸していた、が体の不調は訴えなかった。

母は心細げな半面意地を張るようなことを言っていたが毎日私の家に来て寂しさを紛らわし、孫と話して普通に暮らしていけそうに見えのに、一年もたたない間に癌が急激に進行してさっさとあの世に行ってしまった。

伴侶の死は残された物にこれほどに大きな衝撃を与えるものなのだと改めて思わされた。

友人は言う、誰もが通った道なんだと姉からも言われる、シッカリしなきゃ私どうしたの?と思う。でも体がついてこないと。

こういう人は意外に多いらしい、ネットで検索したところ国立がんセンター中央病院「家族ケア外来」の加藤雅志医師の記事がヒットした。

記事によると
数日〜数週間 強い衝撃「まさか、そんな」
数週〜数ヶ月 不眠 食欲不振 疲労感など
数ヶ月〜数年 楽しかったことが思い出せるように 生きがいや役割の再発見など

だいたいこのような経過をたどるらしく出口がないわけではないことが分かって少し安心した。

10歳も年上の厳しいシッカリした男性とお見合いし、お母さんに「馬には乗ってみよ人には添うてみよ」というよと言われて長崎から嫁いで50年、俺が明日死ぬと言われたらと聞かれ「あなたが死ぬ前の日私は死にます」と言っていたと笑って話してくれた。

それほどに信じ頼っていたのだと私は驚いた。幸せな結婚生活だったんと思う。

愛だなぁと思う。




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2020年04月13日

給付金頼み

コロナで緊急事態に陥ってしまっている。

国や地方自治体が色々な給付を打ち出しているがマスコミは手ぬるいと言っている。

私も手ぬるいと思っている。
こんな給付を頼っていては生き抜けない事態になっているんじゃないかと感じている。
多くの人の収入の道が閉ざされようとしている。
人が動き、物やサービスを消費することでお金が世の中を循環し社会が動いている。
その流れが止まれば血流が止まったと同じでそこから社会は壊死していってしまうことになる。
1ヶ月の外出自粛と言っているが、1ヶ月人が動かなければ息の根を止められる店や人がどれだけいるだろう。
これが2ヶ月となり3ヶ月となれば・・・。
じっと事態を見ているだけでなんの手立ても打たなければ、貯えが底をつけばお仕舞ということになる。
何らかの収入の道を探らなければならない事態になっていると私は思う。

もし1ヶ月でコロナが収束したとして、はたして元の賑わいがすぐに戻るのか。
コロナショックは相当なダメージを社会に与えている。
このダメージが長引くことも予想される。


太平洋戦争で命がけの戦いを強いられ、戦後の焼け野が原を生き抜いた我が両親や祖父母達はどうやってその苦境を乗り越えてきたのだろうと考えてしまう。

あの時は食べるものが無く、食糧調達に苦労したと聞いている。貨幣価値が暴落してお金は用を足さなかった。検疫の目をくぐって田舎の農家に行き着物やお宝を米や野菜に変えたと母が言っていた。

今回のコロナではこれほどの混乱はない食料はスーパーに行けば有る。
だが、収入が絶たれれば店に食料があっても買えない。家賃が払えなければ、ローンが払えなければ住む家を失う。

そんな苦境に立たされている人がどのくらいいるのか国はつかんでいるのだろうか。

たぶんつかんでいないのだろう。だから去年の収入と比べて半分に落ち込んだ人に給付金を出してやるよとか言っているのだ。半分とか3分の1とか言ってる暇はないのだ。
今お金がない。だから店をたたむしかない。家を追い出されようとしている。
そんな人に給付金欲しいなら去年の収入の証明書を添えて現在の収入の証明書を添えて申請書を出せとか言えるのだ。役所仕事とはなんと社会の流れをつかんでいない組織なのかと腹立たしくなる。

四の五の言わずに今はすぐに出す。

不正に受け取った人にはあとで2倍にして返してもらうよと言えばいいじゃないか。
もらって助かったらあとでちゃんと書類出すのよの言えばいいじゃないか。

給付の対象に当てはまるか否か微妙な人は証拠をちゃんと取っておくこと、日計表、支出、収入をきちんと揃えていれば役所は考慮してくれて親身になってくれる。役所とはそういうところだ。

順番を変えるという発想すら浮かばない石頭を相手に相談してもラチは明かない。
そんなのを頼りにしてちゃ生き残れない。

店を閉めて余った時間や仕事を休んで大幅に収入減になったら何かをして稼がなきゃならない、ネットでは手作りマスクが1枚2000円で売られたりしている。テレビではデリバリー配達のバイトを始めたという人を紹介していた。
こりゃ長期戦になるぞと本格的に仕事替えを検討している人もいるだろう。


たくましく生き残る。

愚痴ってる暇はない。


今こそ『頑張ろう日本だ!』





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2020年04月04日

コロナで皆混乱してますよね

隣町でコロナ患者が出た。

ネットやテレビの報道ではどこの誰とは言っていないが、町の噂は駆け巡り隣町の誰だれでどこの病院にかかりその病院は今閉まっていると人伝ての情報が入ってくる。

この罹患者、50代の女性で先月トルコから帰国して感染が判明した。
そんな理由では納得できない、この時期にトルコになんか行く???と誰もが言っている。
こうなるともう同情もされない、下手すると村八分状態だ。

皆ピリピリしている。
首相が緊急事態宣言をだすと大変なことになってトイレットペーペーがなくなるらしいとよ、昨日買ってきたわという人もいる。

東京に住む娘のところには保育園から5月6日までできれば登園を控えていただきたいという連絡が来たという。
さて困った。引き続き4歳の子と4月からは5ヶ月半の子供を預けて仕事復帰する手はずで動いていた。
この状況をどう受け止め対処したらいいのか・・・と悩んでいる様子。

当初、若者は感染しないと言われていたが若者の間でも感染は拡大している。
私の住む八幡西区でも大学の入学式の直前で10代の感染が見つかり入学式も取りやめ大学は入講が制限されている。

人々は何に混乱しているのか、
罹患するかもしれないという危機感よりも、行動が制限されることに苛立ち混乱し、社会生活の危機的な状況を不安に感じ、かつ理解できずにいるのではないかと私には映る。

政府や自治体は連休明けまで我慢してくださいと言っている。
連休明けまでという根拠は何なのよと国民は思う。その疑問に丁寧に分かり易く答えてくれる人がいない。
相手はコロナという化け物だ、予測を立てるのは難しい。政府や自治体はとりあえず連休明けと言っているのであって、その時になったら延長することは想像できることなのだが、人々はなかなかそうは思ってくれず、イライラを募らせるだけ。そうして混乱が生じる。

コロナは人の体に寄生して拡散を広げている。相手を殺してしまうと自分も消滅してしまうから人を殺してしまおうとは思ってはいない、人から人に渡り歩いて仲間を増やして巨大化しようとしている。それを食い止めるには人から人に移らせないことで増殖を阻止するしか今は手がない。だから人間側は人と人の接触を避けて増殖を抑え込もうとしている。

罹患した人を手厚く手当てしているから日本は死亡率が低く抑えられている。
この体制を維持するためには医療体制を守る必要がある。医療体制のキャパを超える患者数になると日本でも海外のように多くの患者を見捨てざるを得ない状況になる。そうはさせまいと国も自治体も必死に手はずを整えようとしている。
人はあれもこれも完ぺきに対処することはできない。当然優先順位を設けて事に当たる。それで連休明けまで自粛してくださいという大雑把な物言いになっているのではないかと私は好意的に見ている。もしゆとりがあるなら丁寧に説明するなりしてもらうと混乱は幾分静まるのではないかと思うのだが。


マスクを二枚各家庭に配るということを聞いて、安倍さんどうしたの?と耳を疑った。
このところ安倍さんの歯切れが悪い。
どうしていいのか分からないという雰囲気が見え隠れする。
得意分野ではないのかもしれないが、色々な人がいってくることをいちいち受け入れていたらどこかで躓くことになる。
首相としてやるべきことは取捨選択を誤らないことだ。
心を真っ白にして、この国難の中で命を落とす人を一人でも救う手立ての提言を掬い上げなければならない。自らの内なる力と魂を信じて指揮しなければならないのだ。
もし安倍さんの目が曇っていたらマスク配布のように業者の利権のからむ提言を恥じることなく述べる馬鹿さをさらすことになる。

国を挙げて一丸となって化け物コロナと戦う時なのに、そのことどこまで分かっているのだろうかと思われたらお仕舞だよ。


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2020年04月02日

枕難民

パソコンに頼った仕事続けて20年が経つ。

最初はWindows3.1、私はまだ40代前半だった。
これで仕事がくるほど世の中にPCは浸透していなかった。
その頃のPCは動きも悪く値の張るオモチャだったなと思う。

次にWindows95に乗り換えた。
これで内職ができないだろうかと思いPCは必需品だしと考えて奮発したのだった。
仕事を回してくれる人がいてその人に教わりながら少し力をつけた。
が、この人教えてくれるのはありがたいが内職をしてもお金をなかなか払ってくれない人だった。

夫が会社を始めてWindows98を数台買った。
このころになるとPCがなくては仕事にならない時代になっていった。
又、ノートパソコンも必要になりMEを持っていた。

次がWindowsXP。
次がWindows7
そして今のWindows10

こうして並べてみると私はほんとうにPCが手放せなかったことがよくわかる。
その間腱鞘炎には常に悩まされた、五十肩でつらい思いも二回した。
60歳を過ぎると肩こりを自覚できなくなった。
背中が曲がっていると夫に注意されたことも度々。
肩甲骨が固まっていると整骨院で言われた。

常に顎が前に出ている。PCの前にいる姿勢で固まっている。

そしてとうとう眠れなくなった。

枕の高さが合っていないと睡眠に支障が出ると聞き、バスタオルを折りたたんで枕にしてみた。
ちょっと高さが足りないと感じ、子供用のテンピュールを足してみた。
座布団を使ってみたりもした。
色々やってみるがやはり寝が浅い。

キーボードを叩くと腕に痺れが出るようになり、首凝りだと分かった。


よし、枕のセミオーダーというのに頼ってみようという気になった。

毎年娘が誕生日にプレゼントをくれる。今年はこれをリクエストした。

幸いなことに近くにその専門店がある。

9,800円+税〜25000+税。
9800円+税で調整してもらった。

なかなかイイ感じ。(*^^*)

夜中に何度か目が覚めることに変わりはないが、そのあとウトウトするばかりで眠れないということがなくなった。


今日67歳になった。
そろそろPCとの繋がりを遠ざける時期がきているよなと思う。
体が悲鳴を上げているのが分かる。


体を労わってあげなきゃ・・・。次の10年を元気に健康で生きるために。



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2020年03月17日

大人の常識です!ですって。

前回のカルチャースクール移転騒動のつづきです。

なにあれ!フン!ほんと性格キツイよね!!と大声で聞こえよがしに攻撃されました。
(-"-;A ...アセアセ

感情的に許せないと断罪する人が一人くらいはいるものです。
他の人たちは移転に至る経緯と今後の流れについてレジュメを作って丁寧に説明するとわかってくれ、労ってくれました。
先生はとても喜んでくれて食事をご馳走してくださいました。

この書道教室には師範免許を取っている人が7人いる。
師範を取ったらその上があるわけです。
その上の指導を受けたいとわたしは前々から思っていた。
先生が大病をなさったときに、私は師範を取りその先に進みたい。だから先生!頑張ってもらわないとだめです!と伝えたのです。
その指導を受ける時が来たと先生は仰る。
私一人で?
7人で始めればいいじゃないと仰る。

他の師範さん達はそこまで思っていない。
自分たちはその実力がないから先生から声が掛からないのだと思っている。
しかし、先生に聞けば「誰にも声なんてかけたことなどない。その上にいきたいと言えば、よし、分かった!引き受けた!」と。

それで私が7人を纏めなければならなくなった。

師範の上を目指すとは、具体的には県展などに出品する作品が書けるレベルに到達することなのだが、その指導が遠慮なくビシバシやられるというもの。
先生の弟子(師範クラス)は30代から90代まで数十人いらっしゃる。それは厳しいものでいい大人が激しく叱咤されながら修行していらっしゃるらしい。

その説明をして、やる気のある人は一緒に頑張りましょうと言わなくてはならなくなった。

今のレベルでゆったりまったり練習を楽しく続ける?
県展レベルの厳しい指導をしてもらいたいと思わない?
と聞くと、一人を除く人達は是非その指導を受けたいと仰る。

あとの一人が冒頭に書いた感情的に納得いかなくてギャーギャー言ってる人。
Aさん
「県展を目指すということは、日展も目指すのね!」

「日展なんて目指しませんよ。名誉が欲しいわけじゃないんです。納得のいく字が書きたいだけですから」
「日展なんて、数十万、数百万払って手に入れるって世界でしょ?」
Aさん
「そうよ!」「数千万ともいうわね」「そのつもりなんでしょ?」
「そういうことよね! それが大人の常識なのよ!!
何度も大人の常識を連呼される。

Σ(・□・;) ハー????、意味わかんない。
私って子供なのかしら。(*_*;

うん!確かにそんな常識は持ち合わせていないわ。


結局、教室移転の経緯と諸々の事情を噛んで含めるように友人と二人で2時間かけて説明して不満ながらも納得した様子。

で、県展クラスの指導に参加しますか?と確かめると、
笑顔でなんの衒いもなく「ハイ、参加します」だそうです。(。-`ω-)


この書道教室は年金暮らしの年寄りの集まりである。
とは言え、年寄りの生き甲斐にもなり得る力を持っている。
先生のお弟子さんで夫を亡くし心寂しく心細い老女が筆を再び握って活力を取り戻したと聞けばさもありなんと思う。

自分を高める努力が楽しい。目指す何かがある老後なんて素敵じゃないか。

何が大人の常識だ、謝礼が数十万、数百万、そんな世界にもそんな人にも興味はない。
それがまかり通る世界・人達には近寄りたくない。



先生は仰る。県展は公明正大なのよ。だからみんなに挑んでみなさいと言えるのよと。

素敵な師匠に出会えたことがありがたい。

先生(82歳)、長生きしてくださいよ。(*^^)v



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2020年01月27日

カルチャーセンターが閉まる?倒産?

突然のテレビ報道にビックリ!!

ほんの一二時間前に行ってきたカルチャーセンターの倒産の報道。
夕方のローカルニュースではどの局も同じことを言っている。
町の人の反応も驚きばかりだ。

駅前の元そごうデパートの後を引き継いだビル所有会社の倒産は地元に多大な影響を及ぼす。
テナントもたぶん右往左往状態だろうことは想像に難くない。

倒産劇は極秘裏に進められ周りの者たちには突然の形で降ってくる。
突然3ヶ月後には出て行ってもらいますと言われては叶わない。足元を掬われるとはこのことだ。


私がお世話になっている書道のカルチャースクールがこのビルの中にある。
運営元はこのビルオーナー会社。

真っ先に思ったのは、教室を探さなきゃ!!だった。


真っ先に知らせてくれたのは同朋の先輩だ。
「えー!どうなるの?」
先輩は
「ちょっと成り行きを見ているしかないのかなぁ」
「先生が次の教室を探してこっちに引っ越しますよとかいうんじゃない?」と、いたってのんきなことを言っている。

話していてこの人、分かってないんだねと思えてきた。
何がって?、ことの緊急性が。
下手すると書道教室が消えちゃうよ。狭い地域で教室を確保するのは難しい。争奪戦になりかねない。
駅から近くて長机が15台以上置ける会議室を安く提供してくれるところなんてそうそうない。
そうだ黒崎駅前には幸いなことに駅から数分の距離に市の施設が有り、そこに会議室がある。
しかし、市の施設を利用するには色々と厳しい条件がある。使わせてもらえるのだろうか。

カルチャーセンターが潰れて吐き出される教室は相当数あるのだから早く動いたものの勝ちだと私は思った。

思い切って先生にメールを送ってみた。

先生もショックだったようだ。
オーナーサイドからなんの連絡もないらしい。

いずれにしても、市の施設を使うには営利目的と判断されれば使うことはできない。
つまり月謝をもらう人には貸さないと決められている。先生は申請する立場にないということなのだ。

あの施設を使いたいなら私達が団体を作って申請書を提出し認可される必要があるのだと教えてくれた。


ならば、どこに問い合わせればいいのかを検索してみる。
生涯学習センターというのが窓口としてあるらしい。
各区の生涯学習センターは、市民の皆様の自主的な活動を支援するため、研修室、会議室等の貸出しを行っています。
各種団体や学習グループなどの研修、会議、交流の場などにご利用ください。by北九州市


これだ!!

電話で連絡してみると話の分かりそうなおじさんが親切に色々教えてくれた。
9名以上の会員を有する団体であること。
報酬等を受け取ってはらないこと。(会が講師へお礼を渡すことに言及されることはないとのこと)
会の定款または規約が必要であること。
職員が面談をして話を聞き、条件が満たされていれば認可されるとのこと。


よし! 申請書と規約を作ろう。私はこういう作業になれている。(笑)

急いているのでみんなを集めて協議する暇はない。たたき台を作って事後承認だ。
たかが趣味のカルチャーの集まりだ。説明してもたぶん「ふーん、そうなんだ、へー」「よろしくね!」といったところだ。中にはどこかに突っ込みどころはないかと粗探しをして意地悪く見る人もいるだろうなとは思う。


最初に急を告げてくれた先輩にもう一度経過を説明して協力を願った。
二つ返事で一緒に動いてくれることになった。
もう一人、時々ランチなどして仲良くしてもらっている先輩にも協力を仰ぐ。
勿論彼女も二つ返事で動いてくれる。

書類を用意して“生涯学習センター”にアポを入れる。
面談日時決定。
三人で窓口に行き、書類提出、どういう集まりなのか説明をする。

ただ習字を習うのではなく、古典の理解と筆法の修得、各種展覧会等への出品作品の制作などを行っており、半数の会員が師範であることを強調する。


話が通じたようだ。(*^-^*)


なんと!
社会教育関連団体に認定してもらえた。(^^)v



久し振りに熱くなった。(笑)


先日、娘と話していて、私たちって愚痴って気を紛らすってできない質だよねということになった。

そうなのです。
愚痴る前にやるべき事を考えたほうが建設的だよなと思ってしまう。


そして、動く。
そうすると周りは、よくやるよね。ちょっとムカつくんだけどとか思われたりする。(・_・;)


結局貧乏くじを引いていたりするのだ。


この年齢になるとみな丸くなって、しかも動きが鈍っていることを自覚している人も多く、ムカつくなんて人も減ってきて、「教室がなくなったら困るいやだわ」と皆さん思ったようで、今のところ助かるわよろしくお願いしますねと言ってくれている。


しゃしゃり出ると何かと嫌われる。
「先輩方を差し置いて出しゃばった真似をしました。ごめんなさい。」と言っといた方がいいだろうな。(;^_^A



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2020年01月07日

あけましておめでとうございます。2020

今年の正月はとても静かに過ごせた。

まだ首の座らない赤ん坊を連れて新幹線で正月帰省なんかしたら大変よ。と言ったら、じゃ1月にそっちが来てよと言うにこにこ

1月中旬に行く予定を立てていたら、夫が俺は飛行には乗らない!!と言い出した。
新幹線で寒い時期に移動なんてかったるいじゃないか。"(-""-)"

結局娘と相談して気候の良くなる3月頃にしようということになった。

夫の実家の法事が年末にあった。(母と兄弟夫婦だけ)
そこで近況を確かめ合ってじゅうぶんしゅべったから、正月のご挨拶はスルーした。
あちらも孫たちを連れて子供たちが押し寄せてくる。大変よとこぼしていた。
70歳を過ぎると子供といえども10数人の食事の支度に追われるのは・・・(-_-;)。


箱根駅伝を見て、ドラマを見て、初詣に行って、それから思い立って旧伊藤伝衛門邸に行ってみた。
今年から外出を心掛けようと思っている。
運動不足と刺激不足の解消は健康維持のためには切実な課題だと自覚した。
年末に不眠が続きある日意識が朦朧となったのだ。
神経が休まらなくて眠いはずなのに眠気が来ない。
夜中に目覚めてそのあと眠れない。寝が浅い。

以前は眠れなくてもそのうち眠気は来ると高をくくっていた。実際そのうち疲れて眠りが戻っていた。
しかし、体力と眠気が連動しなくなった。
体力を消耗しないと眠くならないなんてことはなかったのに、、、。

忘年会でお酒を飲んだ日によく眠れた。
そうか、お酒をやめたのがいけなかった。(笑)!(^^)!
鎮静剤の役目と血流促進効果がお酒にはあった。

断酒を返上した。
やはりお酒は止めちゃいけなかったんだ。(#^.^#)


断酒した理由は胃の調子が悪くなったからだった。
もともと胃腸が弱い。
純米吟醸にこだわって良質のお酒を飲んでいたのにだんだん胃の調子が悪くなった。

お正月に「Old Parr」「赤ワイン」「純米酒」を飲み比べてみた。
私の体には「Old Parr」があっているらしい。(*^-^*)


それでもやはり運動不足がつづくと睡眠障害が顔を出す。
今年は心身の健康管理を頑張ろうと思います。




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2019年12月03日

卒婚?

昨日のあさイチのテーマは卒婚だった。

夫婦関係の新たな形
役割分担にとらわれない関係を提案しているのだそうだ。

気持ちが離れてるわけではなく、料理や洗濯などの家事を奥さんがしなきゃならないという決まりを見直す取り組みが紹介されていた。

子供が育ち独立すると家庭ががらりと様変わりをする。
そこから夫婦二人の生活が始まる。
今更新婚のような関係にはもちろん戻るはずはなく、子供のパパ・ママとして見ていた互いの認識を変化させざるをいなくなる。
夫婦を30数年もやっていると、男と女ではなく一緒に生きる生きてきた同志になっていることに気付かされる。

私は専業主婦が長かった。
当然、家事は自分の仕事だと思い。楽しく掃除洗濯料理、子育てにいそしんできた。
夫もそんなもんだと思っていたため台所に立つことも掃除洗濯をすることはなかった。

子供が巣立ち二人の生活が始まってしばらくしてふと思った、夫は家事ができなくて本当にいいのだろうかと。

私が寝込んでしまった時に台所に入って料理をする夫の手際の悪さ、調味料の場所も包丁の使い方もわからないまま悪戦苦闘している。

アーこれからは夫も台所仕事に慣れておかないと先で不自由することになるなと思った。

仕事をリタイアした夫に朝食を自分で作ることを勧めると案外すんなりとやってみるよと言う。

朝ごはんはパン、サラダ、具だくさんスープ、ヨーグルト、コーヒー。
冷凍保存した手作りパンを解凍して焼き、スープを温めてカップに注ぎ、レタスをちぎりトマトを切って皿に盛り、自家製ヨーグルトを出してボウルに入れてジャムを混ぜる。豆を挽いてドリップでコーヒーを入れる(本人の拘り)。

私は一切、口も出さなきゃ手も貸さない。といってもスープやパンやヨーグルトは常に用意万端整えている。

ただこれだけなのに・・・。(・。・;
だが一年もすると随分手際が良くなった。
冷蔵庫の開け閉めが軽やかになった。以前は必要以上に力任せに開閉して不慣れさが際立つなぁと思ったものだった。
包丁も随分慣れてきて近頃はキャベツの千切りもできるようなっている。

難しい面倒な料理をする気はないらしい。
料理に目覚めたわけではない、台所を把握できていていざとなったら困らない程度にはなっている。

掃除や洗濯は男でもやろうと思えばできるものだ。


これだけでも私にとっては大助かり。
気ままに自分だけの朝ごはんを作って食べる。
この時間が嬉しい。

この頃はこのささやかな自立から洗濯の連係プレイに発展した。
洗濯ものを洗濯機に入れ、洗剤を投入、スイッチオンは私。
洗濯が終了してピーピーと鳴ると、終わったよ〜と夫に言う。
すると夫は洗濯物を籠に入れてベランダへ持って行き干す。

干し方に文句を言いたくなるがグッと我慢する。言えば私の気は済むが夫はヤル気を失う。
文句があるなら君がしろよと多分言うだろうな思うから。
率先して自分の役目だと思ってくれるのだから有難いと思わなきゃねと自分に言い聞かせる。


必要なら世話をするがなるべく離れてお互いにしたいことをする。
パートナーであっても好みも趣味も違うのだからそれぞれの個性は尊重してフリータイムは好き勝手に過ごしたいじゃないか。
30数年一緒に暮らせば空気と化している。くっついていたってわずらわしいだけだ。
元々ベタベタイチャイチャなんてしないタイプの二人だから素っ気ないくらいの方が自然でしっくりくる。


この頃言われている卒婚はたぶん生活面で男も女も自立して、互いに負担をかけずに暮らすというとのようだが、私の年代の女性の多くは経済力がない、経済的に自立できないのに偉そうなことは言えないかもしれない。
だが、経済的に恵まれていない女性に対して自分の経済力で養ってやっているのだから俺の世話は当然じゃないかと考える傲慢な男というのは人として嫌いだ。
妻はペットではない、食わせるとは何ごとだ。


浪花節の「妻は夫をいたわりつ、夫は妻に慕いつつ〜」というのを小さい子供のころに聞いたことがる。
幼心にも夫婦というのはいたわりあうんだな妻を大切に思うんだなと感じて私は大人になった。


その延長線上に今の私たちの卒婚に似たライフスタイルが出来上がっているような気がする。


気持ちの底の方に「いたわる思い」があるというのが大前提なんだろうなと思う。
老いた夫婦の理想の形を卒婚などという冷たい響きで終わらせることなく、暖かく微笑ましいものに昇華させてほしいと切に思った。







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posted by win-manma at 11:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 暮らし