2019年02月07日

エネルギーの放出

エネルギーの放出?なんのこっちゃ?
年を取ると夜中に目が覚めてそのまま眠れなかったり、寝付きが悪くて朝方まで浅い眠りを繰り返すことがよくある。


先日ふと気付いた
習字を書いた日はよく眠れていると。

昨年、習字教室の先生が手術のために一ヶ月教室を閉められた。
その時私はショックを受けた。
練習嫌いでちっとも真面目に勉強をしない私を叱りもせず、気長に見守ってくれることに甘えてダラダラと過ごしてしまっていることを反省した。

先生は80歳になられた。いつ習字教室は辞めることにしたわと仰っても不思議じゃない。
先生はお忙しいのだ、理事会の運営や書道展の審査員、中国との交流など文化振興のお役目だけでも大忙し、
初心者の育成など弟子(師範)に委ねて当然なのに、自ら指導に当たって飛び回っておられる。
お蔭で練習嫌いの私でも、師範の手前の師範格にまで進めた。

ここで辞めたくはないという欲が出てきた。先生の手術が私のやる気に火を付けた。

私は先生に宣言した。師範になるまでご指導ください。いや師範から先の道も引っ張って下さいと。


書にしても、絵画にしても、優劣の根本はエネルギーの放出だと近頃感じる。
静かな書画であっても薄い色合いのものであっても、エネルギーがほとばしる作品に人は惹きつけられる。
エネルギッシュである必要はない。
静かで上品である中にも満つるエネルギーがある。それを人は美しいと感じるのだなと思う。


今、師範試験に向けて条幅(掛軸の大きさ)の字を書いている。
真剣に筆先に神経を集中させ、呼吸で書いてゆく。
筆先から私のエネルギーが放出される。ようやく書くことが楽しくなってきた。


師範に近づいてようやく習字から書道に入ったなという実感が持てるようになった。
美しいと感じられるほどの「書」が書けるようになるのは何年何十年先だろう。(笑)


エネルギーを放出するとよく眠れる。
書かないと寝付きが悪い。こうなると仏教でいうところのか? (゚∇゚ ;)エッ!?




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2019年01月13日

20年以上使った洗濯機

先日、洗濯物をたたんでいて台拭きの汚れ落ちの悪さに気づいた。

そろそろ買い替え時だよなと思いつつも壊れていないので決心がつかない。
貧乏な年金生活になるとますます出費を控えたくなる。

正月に帰省した娘に聞いてみると、やはり最新式に比べると汚れ落ちが悪いようだという。

洗濯機の製造年を見るとサンヨー電気の1997年製。なんと今年で22年となるらしい。
そりゃ汚れ落ちが落ちても仕方ない。


娘が少しカンパするよ。と言ってくれたので決心がついた。

早速ネット検索
価格コムで商品を絞り込む。6s以上、簡易乾燥付、国内メーカー、設置対応。

日立がモーターが強く機能面でも充実していて人気だが、予算オーバー(本体価格\50000≒)。
妥協して東芝のAW-7G6(本体価格\41000≒)がイイかなと絞り込んで、目と鼻の先のヤマダ電機に実物を見に行った。

ヤマダ電機の人は親切に対応してくれた。(後で日立の人だと判明)
日立と東芝を見比べると、やはり日立がしっかりしているように見える。
私は、人も道具も質実剛健なのが好きなのだ。
特に道具は丈夫で長持ちする方が、結局お得。


私は、ネットで調べても電気製品はネットでは買わない。
電気製品というのは生産者から流れるルートが決まっていて、家電量販店は最新機種が取り揃えられている。
古い機種の物は扱わない、売れ残りは、それ専門の業者に流がすと冷蔵庫を買ったときお店の人に聞いた。
その業者が低価格でネットで販売していたりする。
低価格品の品質は悪いのではないかと疑ったりしたら失礼だ。
が、当然売れ残り品の中にはキャセンル品や何らかの事情で返された物も含まれるのではないだろうか。

生産者は大切な売り手である量販店にはしっかりした商品を届けなければ信頼関係が損なわれる。
そして量販店では良い物から捌かせていくのではないか?と、思っているのだがどうだろう。
自分が直接対応して売ったお客様には、より良いものを届けたいのは当然の気持ちだと思う。
同一機種の良品質品の確保は量販店の使命ではないだろうか。
お店の人に同一機種の物の中の品物の良し悪しの見分け方法があるのかないのか聞いてみたいところである。

まぁ電気製品は当たり外れがあるものではある。


今回、ヤマダ電機で日立の洗濯機で量販店向け製品を紹介された。
それらは価格コムには出てこない。
ヤマダにあるのなら他の量販店にも有るのではないか?と、いったん帰ってネット検索を掛けてみた。


家電量販店がネット対応に乗り出していた。

各量販店が、ヤフーショッピングや楽天、或いは自社サイトで安く売っている。


各量販店を見るとe-best(ベスト電器)が一番安かった。
ベスト電気店舗でそのネットのページをスマホに示してこれ下さいと言うと、話が早かった。

更に少し値引きしてくれ、設置料、リサイクル料、5年保証も付けて日立製NW-T74が\47,000弱で買えた。


数年前までは家電量販店の人はネット価格の知識がなく、自店の価格に忠実だった。
ネットだとこの値段なのよなどと言おうものなら、イヤーな顔を隠さなかった。
お宅の会社のネット価格がこれよと言ってもチンプンカンプという顔をしていた。(笑)


家電量販店の人は一人一人の客に親切に対応し自信を持って商品を売っている。
そして今、ネット販売を視野に入れ価格競争と品質保持の荒波を泳ぎ始めたのだなと嬉しくなった。
私はネット崇拝者ではない。
販売店舗がネットに対抗して頑張ってくれればこれほどありがたいことはない。


今年地元デパートが閉店する。
ネット販売に対抗できなくなったのだろう。売り上げの低迷はネット販売のせいではないはずだが・・・。
年末にお歳暮を買おうとこのデパートのページを見たが全くネット販売のコツを掴んでいなかった。
製造業者の販売代行窓口でしかないのならデパートとしての矜持はどこにいったのだ。と思った。


ネット販売に押されて多くの販売店が苦しんでいる。


店舗で品物を確かめてからでないと買えないものもある。
写真では質感は伝わらない。
交通費を使ってまでそこに出向く理由があるからその店舗まで行くのだ。
品質が分かっているものを買う場合は家まで届けてくれるネットの方が便利だ。
しかも安い。
送料無料なら尚更だ。


消費者は賢くなっている。
その賢い部分を理解したうえで自分のところに誘い込む力が必要なのだと思う。

家電量販店の健闘を称えたい。





21年もの間働き続けてくれたサンヨー電気の洗濯機さんご苦労様でした。ありがとう。





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2019年01月09日

2019年 明けましておめでとうございます。

早速ですが孫のご報告。
2歳と10ヵ月 見た目は随分女の子らしくなりましたが、好みは男の子寄りで電車大好き特種車両(工事用車両や救急車、消防車)大好きで見つけると目が大きくなり声のトーンが変わります。(笑)

保育園にイベント用の“スケルトンのごみ収集車”が来たときは目を輝かせて見入っていたそうです。
かわいいお人形には興味を示しません。ひらがなよりも数字の方に興味を示します。
やはりこの年齢ですでに理系女の様子です。
0歳のころに理系だな!と感じた私の勘、当たっているようです。(〃'∇'〃)ゝエヘヘ

なかなかのお利口さんぶりの時と困ったさんの時が今回もやはりありました。
親戚の家で楽しく遊んでもらいハイテンションになってしまった孫。
どうも理性が効かなくなってママに叱られる。それでも効かない。
とうとう泣く羽目になった。が、泣き止みごめんなさいと言いはしたものの、
その後もハイテンションのおバカぶりは直らないまま。
困ったものだ。
お利口とお馬鹿のけじめがつくほどには成長していないのだなと思いつつ、

見かねて、一発
こらっ (`□´)コラッ!」・・・気迫ある婆ちゃんの一撃が落ちた。

孫、一瞬ひるみ声を失う。ストンと憑き物が落ちた。

私が「ばばちゃん、怖いね」と笑顔で言うと、「こわい」と孫が言っていた。


怖い一面など孫には見せたくない。
優しいやさしいおばあさんでいたいと、どんなおばあさんでも思っていて怒ったりはしない。
しかし、効果的な叱り方というものがどういうものか示したかった。

ぐだぐだ言い聞かせるよりも、一発で静まる叱り方というのもがある。

これは大砲のようなもので、数年に一度くらいしか出しちゃいけない秘伝だ。
お利口さんの時とお馬鹿さんの間を彷徨う時期だから効果があるのかもしれない。


その後、お利口さんを取り戻した孫は元気に食べ、遊び、東京に戻っていった。
飛行場の保安検査場の列から戻って、ギュッとハグをしてくれた。
「お利口さんでがんばってね」と言うと、しっかりした声で「うん (*´∇`*)」と答えた。

たぶん、飛行機の中ではママの膝の上でじっとしていなきゃならなことを頑張るのだと思ったのだろう。


d(@^∇゚)/ファイトッ♪




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2018年12月31日

キーボードとマウス

陶芸作品のネット販売を始めて11年になった。
11年前はネット販売など見向きもされない時代だった。
いかがわしい販売業者が多くて、誰もが不信感を持っていた。
ようやく淘汰されて、買い物になくてはならないものになった。

おかげさまでマイペースながら11年。
少しづつ知名度を上げてくることができた。

一番力を入れるのだ撮影。
実物よりも美しく撮るわけにはいかない。
だが、作品の持つ神秘的な雰囲気や美しさは、ちゃんとカメラに収めなければならない。
1つの作品で毎回五十カットは撮る。

今月中旬来年の干支の販売が慌ただしく終わった。
数量限定に購入希望が殺到する為、短時間決戦になり終わるとホッとする。

しかし、ボーとしている暇はない。
日々変化のないサイトは魅力がない。
地味な我サイトでも、熱を帯びた干支あとのフォローは欠かせない。

人気の作家さんは一人で作品を作っておられる、どうしても数が限られる。確保が難しい。
今年はうれしいことに食器と人形を数点を確保できた。


そんな生活を11年も続けてきて体はボロボロ。
腕の痛みや肩こり、手は腱鞘炎。
でも、ステキな作品を扱う楽しさに心は満たされているのだから仕方ない。

だが先日、PCを変えて親指を痛めた。
ふと思いついて“疲れないキーボード”で検索してみた。
プログラマーが使うキーボードというのが有ることを知った。

プロ用とあって値段が高い。20,000円もする。
東プレキーボード (amazon)
 
口コミ評判がとてもイイ。

これは買うしかないと思った。

ついでにマウスも“疲れないマウス”で検索
トラックボール M570 も買ってみた。

商売道具だもの必要経費だよね。と、自分に言い聞かせる。

使ってみた。

キーボードは確かに楽。今までキーを打つというより叩くという感じがしたが、これはちゃんと反発してくれて押し戻す感じがある。そして小指や薬指の弱い打力をちゃんとキャッチして受け止めてくれる。

マウスは慣れるのに時間がかかりそうだ。
このマウスは固定式だ、ボールの部分を指で捜査してカーソルを移動させる。
いちいちマウスを掴ん動かす必要がないので手に掛かる負担は少ないだろうなと思う。


今年も慌ただしく過ぎて行った。充実していたと思う。

来年はどんな年になるのだろう。

習字もいよいよ最終昇段試験に挑戦することになる。
ネット販売はもう少し売り上げを伸ばしたいと思っている。


孫の成長も楽しみだ。
正月二日には会いに来てくれる。(*^▽^*)oエヘヘ!

楽しいお正月になる。
有難いことだ。




皆様、よいお年を。(○゚ε^○)v ィェィ♪







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2018年12月20日

外反母趾

外反母趾というのはかなり痛い!!

先日、習字の教室に5.5cmヒールのブーツを履いていったら
「足とか痛くないのね、羨ましいわ」と言われた。

イエイエ、痛いところだらけです。

靴によっては30分と履いていられない時もある。
だから靴選びには時間をかける。

だが、履いて試して、鏡に映してあらステキということはしない。
似合うものを買いたいとは思うが、値段の折り合いがつかないし、そんな贅沢は年金暮しには許されない。(笑)
もっぱら、Amazonで値下がり率の高いもの(70%off)から探す、眼を皿にして探す。
だが、ブランドにはこだわる。
クラークスのヒールのないものかブーツなら今のところ外反母趾の痛みに泣かされたことはない。

もう少し高級でエレガントなものをと思いサヤ(SAYA)の革のスニーカーを買ってみた。
こちらは革の質がとても良くて柔らかい、ちょっと幅が狭くてほっそり見えるが老けても見える。(笑)

靴選びの自慢をしても始まらない。そうそう外反母趾。


数日前布団に入ってから足の親指の付け根が痛み出した。
こりゃ眠むれそうにない。
仕方なく起きだして、保湿クリームを塗って親指を握り外側にググッと引っ張り、血管に沿ってマッサージをし、血流を促すと痛みが薄れ、眠れる程度になった。


そうだった、去年整体師さんが教えてくれたんだった。
歩く時の足の着地次第で体の重心がぶれてバランスを崩すと。
足の親指から小指まででちゃんと地面をとらえないといけなんだよと教えてくれた。

私は右足の親指に重心を掛ける癖がある。

だから親指が痛み出す。


翌日から重心を小指にも掛けるように心掛けた。


すぐに効果が出て、痛まなくなった。

60歳を過ぎたご婦人の多くが外反母趾に悩んでいる。
冒頭の習字のお仲間は医者にヒールを禁止されたとおっしゃっていた。


まだまだ、ばばぁ靴は履きたくない。(o(。・д・。)o).


足元はオシャレの基本ですものね。(*^_^*)



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2018年12月09日

いよいよ最終回「獣になれない私たち」

大人の男女を描いていてなかなか面白かった。(o^∇^o)ノ

日本のドラマや映画って、大人を美しく素敵に描く作品がとっても少ないと思う。

このドラマで初めて菊地 凛子さんの演技を見た。
格好イイ(*^-゚)vィェィ♪
色白の端正な顔立ちの正統派の美人ではないと私は感じるんだけど、全体の姿がスッキリしていて、佇まいが格好良くて惹きつけられる。大人の魅力を放っている。
久しぶりに見習いたいと思わせてくれる女性(登場人物だけど)だった。


視聴率が低迷しているとネット情報に出ていたけれど、大人になりきれずに年取っただけの人や、若さが取り柄のチャラチャラの若輩者には理解しがたいのかもしれないね。(イっヒッヒ(笑))


脚本も深みがあって、決してセリフを聞き流せない内容だった。

菊池凜子さんの元恋人(?)役が松田龍平さん。
この人の演技も好きだな。
渋さが増してきて、自然で、説得力がある。
こちらも大人の男。


主演の新垣結衣さん、この二人を相手に大人の魅力を演じきれていると思う。
なかなか難しい役どころだったと思うもの。

作品自体が難しいものだったと思うわ。


2014年の「ロング・グッドバイ(NHK)」も格好イイドラマだったけど、「獣になれない〜」の抑えたトーンの画像も素敵だった。


来週で終わっちゃうのよのね。


テレビ局さん、また素敵な作品作って下さいね。('-'*)アリガトウサマデシタ♪




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2018年12月03日

最近の恋愛観

去年だったか、不倫騒動というのがあってレポーターが鬼の首を取ったように騒いでた。

昨夜、半藤一利著の「万葉集と日本の夜明け」を読んでいて、そうなのよやっぱり変よね近頃の結婚や恋愛に対する考え方。と変に納得したのだった。
なぜかキリスト教的なにおいがプンプンする。プラトニックなものこそ至上至高であろうとするような、鶏のガラみたいな恋愛観が伝統のようにふんぞりかえっている。
だから自分ときっちり対応する異性が、この世界のどこかにかならず一人だけいて、その人と会わなければいけない、そしてその人と一対一で結びつき、ついでに高めあう、それが近代日本人の恋愛であり、結婚であった。

笑わしちゃいけないよ。はじめは隣の見知らぬ人と会ったことが縁となって、何度も会っているうちにチャンスが生まれ、何やらモヤモヤとしてくる。そして苦しむ。これこそが恋愛観の根本であるべきなのである。・・・云々。


この本、まだ読み始めたばかりなのだが、万葉集の恋の歌は大っぴらで明け透けなんだなという印象を受けた。

千数百年前の日本人の恋愛って広々していたんだなと思った。

世間が騒いでいるとき、不倫不倫と騒ぎすぎじゃない?と思っていた。
そりゃ夫(妻)や恋人が、素敵な人に心を奪われたら悲しい。
しかし、それを倫理観で糾弾してどうにかなるの?
キリストに誓った永遠の愛であっても、人の心の移ろいを、キリストの教えに背くのかと責めることで、離れた心が元に戻るの?
人の心ってそんなに簡単じゃないでしょう?


だから、キリスト教では心変わりされた方は、それはあまりに可哀そうだからってことで、
永遠の愛を誓えば不倫は許されませんということにしたんだろうけど、
それって嘘をつく人生を送ってもいいよってことにならないの?
窮屈な条理だね。と、私などは考えてしまう。


日本人はむかしから浮気を大目に見る風習があるし、悋気はおバカな奴のすることで、大目に見ながらしっかり手綱は離さない。なんて知恵をはたらかせる健気な女もたくさんいたんだと思う。
美貌や手練手管に惑わされるバカな亭主を、臨機応変に操って女の器量で勝負する女性の格好よさ!!

そこに人として力量を認める社会通念の成熟度。
そんな文化が消えつつあるんだろうね。


西洋文化の精神性より日本古来の精神性のほうがやっぱり好きだな。d(^^*)





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2018年11月19日

幼児を叱る時

幼児を叱る時に気をつけたいこと。

二人で叱っちゃうことありません?


そうすると
子供は一人で二人の怒りを受け止めなければなりません。
それって辛いです。


お前は間違っているんだよ! お前はダメなんだよ!(;`O´)oコラー!
と、怒られたら大人だって面食らいます。悪かったんだと思う前に腹が立ちます。
しかも二人掛りでやられたら・・・。
あなたなら反省する前に理由を探る前に、混乱しますよね。そして反発します。


大人二人に対して幼子一人では勝ちっこないです。
そして子供にゴメンなさいを強要する。

勝ちっこない状況で服従を強いるのは子供の心を踏みつける行為です。


子供が叱られる原因は
気分に任せて(眠い、お腹が空いた、興奮している etc)駄々をこねる。
自分の欲求(お菓子が欲しい、玩具がほしい、もっと遊びたい)を通そうと我がままをいう。
マナーを無視して反抗する、小さい子供に暴力を振るう、など色々です。

でも、これらが悪いことだとは思っていない。
0歳から3歳の子どもってそういうものです。
それ以上になると多少社会性を理解し、ルールに従わなければならない状況を理解するようになります。
それでもまだまだ理解したくない子ども心も働きます。
そこは上手に誘導してやらなきゃならない。褒め上手になってイニシアティブを発揮してください。


私が心配に思うのは、躾と称して怒り方を間違うと、子どもにちゃんと伝わらないどころか、子どもの性格形成に悪い影響を与えてしまうということなんです。


叱られて腹を立ててしまった子供の心は、ひどく孤独で硬くなっています。
そこに寄り添って慰めることがとっても大切です。
硬くなった心を慰めることで癒し溶かす。
そうすると子どもはとても素直な気持ちになります。


だから、昔の人は怒る役目の親と、子供に優しく諭す役目の親とに役割分担をして躾けていました。
親に叱られて祖父母に救いを求める光景もよく見られました。

怖いお父さんと優しいお母さん。のパターンです。


我が家の例で恐縮ですが、
私は怒ると黙ってしまうタイプなので子供は取り付くシマがない。可愛そうです。
一人っ子ですから、兄弟に慰められることも、諭されることもありません。
一人っ子はそういう点で可愛そうです。


夫はというと、それを黙って見守っていました。
母と娘の対立を静観していました。

夫は穏やかな性格ですから、私に対しても娘に対しても怒りを表さない。
どうせたいしたことじゃないと思っている。
それがありがたかった。
一緒になって怒っていたら。娘は逃げ場をなくし、意固地になり、両親に反抗的になっていっただろうと思います。


娘が私に対して腹を立てていても、お父さんを見ればいつもと変わらずテレビを見て笑っていて、普通に接してくれる。
そこでクールダウンし、冷静に自分を見つめることが出来る。つまらないことに突っ掛かっていたと気づく。
小学生の高学年になるとそんな感じでした。


これって大切なことです。

子供の拠り所を塞いじゃダメです。
逃げ場をなくしちゃダメです。


躾けは大切ですが、理解できる時期が来れば分かるようになります。
乱暴な子も乱暴を指摘して正すより、優しさを諭して引き出してやったほうが効果的です。


先日読んでいた宮城谷昌光氏のエッセーに
日産の前身をつくった鮎川義介さんは小さいころ祖母に、ああしなさい、こうしてはだめです、などと、こまかなことはいわれすに、ただ、
「おまえは、きっと偉くなる」
と、いわれた。そういわれつづけると、ああ、オレは偉くなるのだ、と自然におもわれてきて、・・・。

要するに暗示法の一種であるが、人は尊敬する人や好きであったりする人から、良い事を言われると、それにむくいようとする気がはたらく。もっといえば、その人を喜ばせてあげようとする。逆に、そういう人から批判されたりすると、ショックが大きい。したがって親が子どもを批判することは、子どもの性格を最大に破壊すること行為であるともいわれる。批判についての弊害は、・・・・。

これを読んで、案外これに気付かないで怒ってしまう人、多いのよねと思った。

躾るために怒るのって、違う。
躾ける為に怒っても問題は解決しない。
子どもが、反抗的に親の気持ちを逆撫でするのは、何らかの理由を察してよ、という信号だと解釈したほうがいい。
怒る前に原因を親のほうが探ろうとしなきゃならない。
目の前で起こっている子どもの行為よりも、その原因を知り、その信号の方法がなぜこの行為なのかを思いやれば、躾け方も対応の仕方も違ってくるんじゃないだろうか。


宮城谷さんも書かれている様に、子どもの性格を最大に破壊すること行為は叱り方の中に隠れている。


子どもに愛情を持てば持つほど、好い子に育ってほしいと思う。
かわいい人に育っていってほしいと思う。

そう思うが故の腹立たしさに、自分がとるべき態度を見失ってはならない。
子どもに腹を立て、子を叱っている自分を、少し離れて冷静に見る目を持つことが必要なんだ、と私は思うのだが。



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2018年11月13日

NHKbs「エレガンスの舞台裏〜パリマダムを彩る世界最高峰のメゾン」

大石 静さんがパリのエレガンスの真髄に迫るドキュメンタリーを見た。

エレガンスとは「優雅」「上品」と日本では訳されている。
しかし、エレガンスの本場パリでは優雅や上品は、見た目だけでなくその人の生き方や考え方そのもの
日本の文化で例えるなら恥の文化や精神性に通じるものなのだという印象を受けた。


番組ではパリの花に対する愛着や美しく高価な下着の意義、高価で美しい宝飾品を紹介しつつ、それらを身に付ける自分自身への尊敬と他者への敬意が根底にあると語っていた。


---------*

先日、数十年前に買ったクChloéのスカートが着れる体型に戻ったので着て外出した。
雑誌で見る流行ファッションのデザインがあの頃の物に近いと思ったのだ。

さすがChloé。
全く型崩れしていない。生地と縫製がしっかりしていて上品で美しい。

そして思い出した。
昔、私はこんな高価な洋服を着用していたのだった。
ビシッとしたこんな高価な服が似合う、着こなせる女性でありたいと思ったのだった。

たぶん、どこかの雑誌で読んだことをそのまま受入れ、納得してしまったのだろう。
その着心地の良さ、背筋が伸びる緊張感、生地本来が持つ光沢と動きに合わせて優雅に流れる曲線。
一分の隙も無く仕立てられた洋服の持つエレガンスに対峙する自分の中のエレガンス。


やはり時には身なりをきちんとしようと思った。
背筋が伸びる服を着て街に出掛けよう。
自分自身をバシッとさせるために。



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2018年11月06日

優しさに付(つけ)入る悪意

古い友人が体調を壊して入院していたと聞き、会って詳しく話しを聞いた。

退院直後に会った時は随分萎れていて覇気が無いことに気付いた。

若い頃から気の強いタイプで、間違った事にしっかり向き合えるしっかり者だった。



その彼女の友人が占いに凝っていて、
姓名判断や誕生日からその人の憑物を見ることが出来る占い師を信じているらしく、私の友人の憑物を見てもらったのだそうだ。

結果、5人の霊が憑いていてそのうちの二人の質(たち)が悪いからその家には近付くなと言われた。という。


私はそういった類のものを全く馬鹿にしているわけではない。
私自身がそういった霊を感じやすいタイプの人なのだから仕方ない。
若い頃は葬儀社の前やお墓の前を通っただけで、「あっ、憑いてきたな」と思うことがしばしばあった。

今でも滝の傍には近付かない。
夫と紅葉を見に行って人けのない断崖をみてヤバイよと言って逃げ出したこともある。




今友人は病み上がりで生命力や免疫力が落ちている。
そこに霊が憑いていてあなたを苦しませるなんて言われたら怖くて脅えてしまう。
そんな思いに陥ったら人間明るい清清しい方向には進めなくなる。



さてどうしたものだろうと考えた。

悪い霊とは何か?
ひとでなし、人の不幸が嬉しい薄汚い了簡の輩、人を苦しめてやりたい悪鬼、
これらはこの世の中にもにうじゃうじゃ居る。

霊でも生きている人でも大差はない、性根の腐った奴は生きていても死んでいても同じだ。




誰の心の中にでも強弱の違いはあっても負の感情と正の感情がある。
妬ましさや嫉妬、悔しさ、悲しさ、恨み・・・。
自分の中のそんな負の感情をコントロールしながら人は生きている。

そのコントロールが出来ない人や霊に見込まれると困るのだ。



人には人を思いやる優しさがある。
守護霊なんて素敵な霊は優しく見守り助けてくれる。



成仏できない悪い霊に見込まれたら、さてどうすればいい?

私はある時から、自分で祓うことにした。
肩に乗ることが多いので、肩を手で払って「お前の来るところではない(`□´)!」と一喝する。



一喝するには力が要る。
大声ではなく気迫。



友人と話していて気付いた。
気弱にもなっているが、それ以上に優しくなりすぎている。
人間、優しいのはとても重要なことだ。人としての宝だ。
しかし、その優しい心の横にチラッと見えた弱さを見て、付入ってくる輩がいるのだ。
その輩は霊とは限らない。生きている人間の中にもそんな奴はいっぱい居る。



その心の隙を狙ってその人の心を蝕むことで快楽を感じる悪い奴には、しっかり対峙して付(つけ)入る隙を与えちゃいけない。

自分の中の優しさを守るのは自分自身しかない。(ง •̀_•́)ง



人に対して優しすぎたり無防備だったりしたら、思わぬ痛手を受けることになりかねない。



昨日娘が「クレーマーにやられた!(-""-;)」と心に傷を負っていた。

負の感情を誰かに叩きつけてストレス解消する方法として
氏名も名乗らず顔も見せず、低姿勢を旨とする対応を求められる相手に罵詈雑言の言葉の刃(やいば)を浴びせかけるやり方が堂々と罷り通っている。

これもいじめの別バーションなのだろう。


そんな相手から身を守る術を身につけねばならない世知辛い世の中になっているのだと思った。






一週間後にまたその友人と会った。

彼女は元気になっていた。
シャキッとなっていた。


悪鬼を跳ね除ける力が湧き出たようだった。



よかった。d(@^∇゚)/ファイトッ♪




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