2012年08月31日

肩こり・腱鞘炎

一日中PCの前で作業をしているので肩こりは慢性化している。


痛みが日常化すると痛みを自覚しないで、体が突っ張った状態になることを今更ながら再認識した。



今回は久しぶりに腱鞘炎も出た。


右手親指。


痛みが強すぎてどの関節か分からない。

ひどい時は親指に何か触れるだけで激痛が走る。

それでも、キーボードは打てるから第一関節では無いと思う。



今年の夏は体調が悪かった。

元々ホルモン系が弱い。

甲状腺低下症の治療は6年目を迎えている。
若い頃は行進症に悩まされた。
低下症になるとコレステロール値が高くなる。

医師に毎回「困ったもんだ!」「運動しなきゃ!」と言われるが、

インドア派の上に自分の汗に反応するアレルギー体質。
甲状腺低下症で発汗しにくい、下手に発汗すると濃い汗になる。
その濃い汗で皮膚炎を起こす。
サラサラの汗をかく人が羨ましい。('-'*)

そこで、黒ウーロン茶を飲んで体脂肪を下げようと思った。
いったん、こうと決めると突き進むタイプ。σ(^_^;)
ガバガバ飲んだ。(笑)

結果、体調がおかしくなった。
体内の水分バラスが狂った。
排尿もおかしな具合になった。

結局、今までどおり、杜仲茶の力を借りて水分バランスは修復したが、腱鞘炎が出た。


腱鞘炎は2週間経った今も続いている。

腱鞘炎との付き合いは長い。かれこれ、40年になる。
病院に行っても整骨院に行っても、痛み止めや電気治療、シップ程度のことしかできない。
腱が引っかかるバネ指の腱鞘炎と違って、疲れが溜まった時や、ホルモンバランスを欠いて起こるタイプなので体全体をほぐして炎症が治まるのを待つしかないようだ。


自覚症状が慢性化していた肩こりも少しほぐしてやらないと腱鞘炎が治まらないことを思い出して、昨日肩にフェイダスを貼った。


痛みと上手に付き合えるようになるには年期が要る。



人間は総じて、どこかここか悪い体を上手く手懐(てなず)けながら生きているように思う。

絶妙のバランスで生きているのだろうなと思う。

留意すべきはバランスだ、新陳代謝が低下傾向にある我が身だが、細く長くといきたいものだ。





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肩こり・腱鞘炎

一日中PCの前で作業をしているので肩こりは慢性化している。


痛みが日常化すると痛みを自覚しないで、体が突っ張った状態になることを今更ながら再認識した。



今回は久しぶりに腱鞘炎も出た。


右手親指。


痛みが強すぎてどの関節か分からない。

ひどい時は親指に何か触れるだけで激痛が走る。

それでも、キーボードは打てるから第一関節では無いと思う。



今年の夏は体調が悪かった。

元々ホルモン系が弱い。

甲状腺低下症の治療は6年目を迎えている。
若い頃は行進症に悩まされた。
低下症になるとコレステロール値が高くなる。

医師に毎回「困ったもんだ!」「運動しなきゃ!」と言われるが、

インドア派の上に自分の汗に反応するアレルギー体質。
甲状腺低下症で発汗しにくい、下手に発汗すると濃い汗になる。
その濃い汗で皮膚炎を起こす。
サラサラの汗をかく人が羨ましい。('-'*)

そこで、黒ウーロン茶を飲んで体脂肪を下げようと思った。
いったん、こうと決めると突き進むタイプ。σ(^_^;)
ガバガバ飲んだ。(笑)

結果、体調がおかしくなった。
体内の水分バラスが狂った。
排尿もおかしな具合になった。

結局、今までどおり、杜仲茶の力を借りて水分バランスは修復したが、腱鞘炎が出た。


腱鞘炎は2週間経った今も続いている。

腱鞘炎との付き合いは長い。かれこれ、40年になる。
病院に行っても整骨院に行っても、痛み止めや電気治療、シップ程度のことしかできない。
腱が引っかかるバネ指の腱鞘炎と違って、疲れが溜まった時や、ホルモンバランスを欠いて起こるタイプなので体全体をほぐして炎症が治まるのを待つしかないようだ。


自覚症状が慢性化していた肩こりも少しほぐしてやらないと腱鞘炎が治まらないことを思い出して、昨日肩にフェイダスを貼った。


痛みと上手に付き合えるようになるには年期が要る。



人間は総じて、どこかここか悪い体を上手く手懐(てなず)けながら生きているように思う。

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2012年08月27日

食事の団欒

今日の日経に朝食を一人で食べる高校生が44%と出ていた。


全体的には家族と会話しながら食べる傾向が上向いているとなっていた。



我が家では子供が小学校までは家族で朝と夜は一緒に食べることに決めていた。


子供が塾などに通うようになった中学三年生からは、スケジュールに合わせて止むを得ない場合は柔軟に対応した。

しかし、

食べなくても一緒にテーブルに着いて話し相手になることで個食をさせなかった。


manma自身が個食がイヤなので家族の誰かと食べたし、子供の頃から寂しく食事をした記憶が無い。

たいした学識のある親ではなかったが、ちゃんと煮炊きした食べ物を毎日食べさせてくれた。
これは今の時代からすると大変有り難い事だったのだと思う。

それが当たり前だと思い、醤油で味付けした和食ばかりで、洋食といえばカレーライス、たまに揚げ物が出る程度の変化の無い料理に不満を訴えたこともあった。(;´▽`A``


母は、出前を取ったことがない。
漫画サザエさんで鰻重を取るなんてことを知って母に言うと、
主婦の恥だそんなことは水商売の人(女)がすること。と言っていた。


そんな母に育てられると、出前に罪悪感を持つようになったが、
子育て中に自分が体調を壊すと近くの蕎麦屋からうどんやカツ丼を取るようになった。

料理は省いても団欒の食事は守っているぞと自分の罪悪感に蓋をしていた。



子供が大学生になって我が家から通学する生活が再開された頃。

夫がギャンブルに嵌まって夕食時に帰らない日々が続いていた。

文句を言っても効果が無いので、食事で吊ることを思いついた。


我が家居酒屋の開業である。

子供ももうそろそろ大人、一杯飲みながら若者達の苦悩や恋の悩みなど肴に、楽しく居酒屋料理を楽しんでいると

夫が「自分達だけで・・・あせあせ(飛び散る汗)いいなぁ」と、案の定食事時間に帰ってくるようになった。




今は、二人の生活。

夫のための朝食の仕度はしない。
勝手にパンとソーセージを焼いてレタスをちぎってヨーグルトに好きな果物を放り込んで食べてもらっている。
もともと横柄な人ではないので当然のような顔をして食べてくれている。


manmaは、夫より少し後に夫が挽いた二杯分の珈琲を丁寧に淹れて夫に渡し、

そのあと、新聞をテーブルいっぱいに大きく広げて隅々まで読みながら個食を楽しんでいる。

至福のときである。






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食事の団欒

今日の日経に朝食を一人で食べる高校生が44%と出ていた。


全体的には家族と会話しながら食べる傾向が上向いているとなっていた。



我が家では子供が小学校までは家族で朝と夜は一緒に食べることに決めていた。


子供が塾などに通うようになった中学三年生からは、スケジュールに合わせて止むを得ない場合は柔軟に対応した。

しかし、

食べなくても一緒にテーブルに着いて話し相手になることで個食をさせなかった。


manma自身が個食がイヤなので家族の誰かと食べたし、子供の頃から寂しく食事をした記憶が無い。

たいした学識のある親ではなかったが、ちゃんと煮炊きした食べ物を毎日食べさせてくれた。
これは今の時代からすると大変有り難い事だったのだと思う。

それが当たり前だと思い、醤油で味付けした和食ばかりで、洋食といえばカレーライス、たまに揚げ物が出る程度の変化の無い料理に不満を訴えたこともあった。(;´▽`A``


母は、出前を取ったことがない。
漫画サザエさんで鰻重を取るなんてことを知って母に言うと、
主婦の恥だそんなことは水商売の人(女)がすること。と言っていた。


そんな母に育てられると、出前に罪悪感を持つようになったが、
子育て中に自分が体調を壊すと近くの蕎麦屋からうどんやカツ丼を取るようになった。

料理は省いても団欒の食事は守っているぞと自分の罪悪感に蓋をしていた。



子供が大学生になって我が家から通学する生活が再開された頃。

夫がギャンブルに嵌まって夕食時に帰らない日々が続いていた。

文句を言っても効果が無いので、食事で吊ることを思いついた。


我が家居酒屋の開業である。

子供ももうそろそろ大人、一杯飲みながら若者達の苦悩や恋の悩みなど肴に、楽しく居酒屋料理を楽しんでいると

夫が「自分達だけで・・・あせあせ(飛び散る汗)いいなぁ」と、案の定食事時間に帰ってくるようになった。




今は、二人の生活。

夫のための朝食の仕度はしない。
勝手にパンとソーセージを焼いてレタスをちぎってヨーグルトに好きな果物を放り込んで食べてもらっている。
もともと横柄な人ではないので当然のような顔をして食べてくれている。


manmaは、夫より少し後に夫が挽いた二杯分の珈琲を丁寧に淹れて夫に渡し、

そのあと、新聞をテーブルいっぱいに大きく広げて隅々まで読みながら個食を楽しんでいる。

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2012年08月25日

お掃除の鬼

「お掃除の鬼」というスポンジが昔あった。(今も有るらしい)


まだ、ネット販売が無い頃だったので確かカタログ販売かなにかで購入したように思う。

宅配便の小父さんがニタニタしながら「お掃除の鬼 ドコモポイント」と言って帰ったのをよく覚えている。

あれからもう20年。


現在は「激落ち」と称する物がどこにでも売っている。


血液型診断が当たるか当たらないか分からないが、A型は几帳面に掃除をする。

中には直角じゃないと気がすまない人もいて、
いつでもテーブルの辺に沿って直角にきちんと物を整列させている人もいる。



manmaもキチンと掃除をしないと気持ちが落着かないタイプだった。


『だった。』そう、過去形。



病気をしたり、体力が落ちたり、コンタクトレンズが使えなくなって(老化?)

掃除を一生懸命にすると疲れ果てるようになった。



気持ちは落着かないのに体が言うことを利かない。

そこで、手抜きをすることを覚えた。


掃除が行き届いていない状態、どこまでなら許せるか。


自分自身が許せる範囲と程度をつかむことにした。


これが、思わぬ功を奏した。



ドンドン範囲と程度が広がるのだ。(笑)
ようするに、汚れやほこりに対して寛大になっていることに気付いた。



長年の努力の甲斐あって、
この程度の汚れならこの洗剤で難なく落とせるという知識がおおいに役立っている。
この程度ならどのくらいの労力と時間で対処できるという計算がたつので余裕が持てるようになっていたのだ。




我が家の住宅洗剤は、「激落ち」と「ORANGE CLEAN」ORANGE CLEANでダメならこれに重曹をプラスするとほとんどの汚れは落ちる。「重曹」+「酢」もよく使う。

家具や建具が曇ってきたな思ったら、「OEANGE GLO」。



床はフローリングワイパーか掃除機。
床磨きはよほど元気のいい時に雑巾掛けをするが、体の方が大切だよと言い訳を自分にする。あせあせ(飛び散る汗)




窓はダスキンの窓用ワイパー、随分前に購入したがこれが一番。
あと、酢を落とした水を新聞紙に含ませて拭くのもスッキリ落ちてキレイなる。



仕事の方が楽しいので長々と掃除に時間を掛けたくないというのも手抜きの理由に入る。


体力を消耗したくない、時間を掛けたくない、合成洗剤をなるべく使いたくない、それでもキレイ好き。



これが、manma流お掃除の心得。


この心得を突き進めれば時間と労力を掛けなくても十分キレイに暮らせる。


人間、この程度の願いならば適うものだとつくづく思う。


若い頃のお掃除へのこだわりがここに来て実を結んだなぁと思える今日この頃。


そう。昔はガスレンジの五徳に着いたベタベタ油を必死で落としてた。
襖の溝の部分に絡んだ埃を輪ゴムを使って取ったりもしてた。



当たり前だと思っていたが、頑張っていたんだねと昔の自分を褒めてやりたくなった。





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お掃除の鬼

「お掃除の鬼」というスポンジが昔あった。(今も有るらしい)


まだ、ネット販売が無い頃だったので確かカタログ販売かなにかで購入したように思う。

宅配便の小父さんがニタニタしながら「お掃除の鬼 ドコモポイント」と言って帰ったのをよく覚えている。

あれからもう20年。


現在は「激落ち」と称する物がどこにでも売っている。


血液型診断が当たるか当たらないか分からないが、A型は几帳面に掃除をする。

中には直角じゃないと気がすまない人もいて、
いつでもテーブルの辺に沿って直角にきちんと物を整列させている人もいる。



manmaもキチンと掃除をしないと気持ちが落着かないタイプだった。


『だった。』そう、過去形。



病気をしたり、体力が落ちたり、コンタクトレンズが使えなくなって(老化?)

掃除を一生懸命にすると疲れ果てるようになった。



気持ちは落着かないのに体が言うことを利かない。

そこで、手抜きをすることを覚えた。


掃除が行き届いていない状態、どこまでなら許せるか。


自分自身が許せる範囲と程度をつかむことにした。


これが、思わぬ功を奏した。



ドンドン範囲と程度が広がるのだ。(笑)
ようするに、汚れやほこりに対して寛大になっていることに気付いた。



長年の努力の甲斐あって、
この程度の汚れならこの洗剤で難なく落とせるという知識がおおいに役立っている。
この程度ならどのくらいの労力と時間で対処できるという計算がたつので余裕が持てるようになっていたのだ。




我が家の住宅洗剤は、「激落ち」と「ORANGE CLEAN」ORANGE CLEANでダメならこれに重曹をプラスするとほとんどの汚れは落ちる。「重曹」+「酢」もよく使う。

家具や建具が曇ってきたな思ったら、「OEANGE GLO」。



床はフローリングワイパーか掃除機。
床磨きはよほど元気のいい時に雑巾掛けをするが、体の方が大切だよと言い訳を自分にする。あせあせ(飛び散る汗)




窓はダスキンの窓用ワイパー、随分前に購入したがこれが一番。
あと、酢を落とした水を新聞紙に含ませて拭くのもスッキリ落ちてキレイなる。



仕事の方が楽しいので長々と掃除に時間を掛けたくないというのも手抜きの理由に入る。


体力を消耗したくない、時間を掛けたくない、合成洗剤をなるべく使いたくない、それでもキレイ好き。



これが、manma流お掃除の心得。


この心得を突き進めれば時間と労力を掛けなくても十分キレイに暮らせる。


人間、この程度の願いならば適うものだとつくづく思う。


若い頃のお掃除へのこだわりがここに来て実を結んだなぁと思える今日この頃。


そう。昔はガスレンジの五徳に着いたベタベタ油を必死で落としてた。
襖の溝の部分に絡んだ埃を輪ゴムを使って取ったりもしてた。



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2012年08月20日

義母さま

お盆は仏壇を拝んで済ませた。


風邪をひいていて、もし菌を保有していて移したら大変なので義母さまのお見舞いはご遠慮申し上げた。



今回、義兄が義母がパーキンソン病で治療により回復していることを話してくれた。


そんなことは早く言ってくれよ。と思ったが、言ってもこの義兄には抗議か責められているようにしか聞こえないだろうなと思い踏み止まった。



パーキンソン病は脳内物質ドーパミンの減少で症状が現れると聞く。

運動機能や気力に支障をきたし、うつ(鬱)状態になるようだ。


カーテンレールに紐を掛けて首を吊るつもりだったと言うのはその症状だったのだろう。

 その頃の義母さま→ 義母さまのお見舞い



その治療の甲斐あって、
症状が改善し運動機能は車椅子なしで大丈夫ということになったようだ。

まだ、気力は戻ってはいないようだが、デカバリーセンターでの回復は一応済んだことになるらしい。



これで退院、おめでとう。となるのだが、義兄はもう家に迎える気はなさそうだった。


70年も暮らした我が家に帰れないかもしれない義母さま。たらーっ(汗)



義兄は次の老人介護施設を物色しているようだ。


誰もがしていることだと平気な顔をして言っている。


安きに走るのが人間ではある。


苦しみよりも楽を選ぶし、今はそれが許される社会でもある。



義兄が、この家と老親は俺が受け継ぐと宣言した時、
困れば施設に入れればいいという考えがあったのだろうか。


老いに寄り添ってやろうとする気持ちの無さに胸が悪くなった。



「7人家族の真ん中で」という超人気ブログがある。

痴呆の進む90歳の姑とリューマチで介護を要する姑の妹を含む7人家族の主婦のブログである。

本音を綴りながらも、老親(姑シスターズ)の老いを優しく包み込む主婦の強い意志と愛が読む者を惹きつけている。




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義母さま

お盆は仏壇を拝んで済ませた。


風邪をひいていて、もし菌を保有していて移したら大変なので義母さまのお見舞いはご遠慮申し上げた。



今回、義兄が義母がパーキンソン病で治療により回復していることを話してくれた。


そんなことは早く言ってくれよ。と思ったが、言ってもこの義兄には抗議か責められているようにしか聞こえないだろうなと思い踏み止まった。



パーキンソン病は脳内物質ドーパミンの減少で症状が現れると聞く。

運動機能や気力に支障をきたし、うつ(鬱)状態になるようだ。


カーテンレールに紐を掛けて首を吊るつもりだったと言うのはその症状だったのだろう。

 その頃の義母さま→ 義母さまのお見舞い



その治療の甲斐あって、
症状が改善し運動機能は車椅子なしで大丈夫ということになったようだ。

まだ、気力は戻ってはいないようだが、デカバリーセンターでの回復は一応済んだことになるらしい。



これで退院、おめでとう。となるのだが、義兄はもう家に迎える気はなさそうだった。


70年も暮らした我が家に帰れないかもしれない義母さま。たらーっ(汗)



義兄は次の老人介護施設を物色しているようだ。


誰もがしていることだと平気な顔をして言っている。


安きに走るのが人間ではある。


苦しみよりも楽を選ぶし、今はそれが許される社会でもある。



義兄が、この家と老親は俺が受け継ぐと宣言した時、
困れば施設に入れればいいという考えがあったのだろうか。


老いに寄り添ってやろうとする気持ちの無さに胸が悪くなった。



「7人家族の真ん中で」という超人気ブログがある。

痴呆の進む90歳の姑とリューマチで介護を要する姑の妹を含む7人家族の主婦のブログである。

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2012年08月17日

孤独死

なんとも重いテーマを選んでしまった。あせあせ(飛び散る汗)



先日、新聞(日経)に孤独死は悲観するものじゃない。という作家さんのコラムが載った。


彼女(作家)は景色のいい別荘地で一人住まいをしていて、
お住まいからちょっと歩いた高原に、草がそよ風になびき小鳥が囀るとっておきの死に場所を見つけた。
自分は柔らかい草の上でそよ風と鳥のさえずりの中で静かに最期の時を迎えたい。
きっと心満たされ幸せな心持で死ねると書いてあった。


一見少女マンガのような風景を思い浮かべた。が、その想像は直ぐに掻き消された。


まぁ、柔らかい草の上でそよ風というのはあるだろう。


だが、小鳥の囀りに違和感を覚えた。


たぶん、動物が死にそうになると空に烏が旋回し始める。

たくさんの烏が旋回しているような場所にはまず小鳥は近付かない。



いよいよ死ぬなとなると、烏が近付いてきて軽く突っつき始める、後は肉食動物の餌食になる。


食いちぎられた姿を誰かに発見され、

身元確認捜査が開始され身元判明、

知人縁者に引き取られ荼毘にふされ、なんであなんところで・・・???。ほんと、最後まで世話を焼かせやがったなどんっ(衝撃)


少女マンガのような臨終の時はなんとも無残に打ち砕かれてしまった。ふらふら




そもそも死ぬ時というのは易々とは定まらないのではないか?

そろそろ死ぬなと思ってお目当ての草原に行く気力体力があれば、そこで動けなくなるまでに数日掛かりそうな気がする。
下手をすると動けなくなってからも数日掛かる、いや、ひと月、結局餓死か exclamation&question



このコラムを書いた作家さんはお一人で生きてこられたと書いてあった。


死に際の手を取って「ありがとう幸せだった」というシーンが苦手らしい。


自分にはその台詞を吐く相手も、言われる相手もいない。



一人で死んだとして、

訪ねてきた人が通報、死後一ヶ月か。作家孤独死。

それを哀れそうに言われるのがイヤだ。


一人で死んでも哀れなんて思わないでほしいと思ったようだ。



-------------**






弟は夜中寝たまま死んでいた。

朝、嫁さんが気付いた。
別れも告げずサッサと逝ってしまってちっ(怒った顔)。と嫁さんは悲しいやら歯痒いやらの感情をどうしただろう。


人間は群れで生きる動物だ、親類縁者知人の縁を断ち切りがたく生きている。

それでもmanmaは、悪意や敵対心を持って接してくる親類縁者との交流は切ってきた。




『悪意や敵意があったとしてもイイじゃないか、世間を狭めちゃいかんよ』と人生の先輩に諭されたこともあった。

最近、その先輩の心境が分かる気がする。

『悪意があったとしてもいいじゃないか許してやれよ。気持ちを広くもって包んでやれよ。』
と言いたかったのだなと思い至るようになった。



しかし、死に際の枕辺にうち揃う面々の中に心許せない親類縁者がいても頭数が揃えば豪華じゃないか、
幸せそうじゃないかとは思えない。

まだそこまで心広くはなれないでいる。




他人が見てお幸せだったのねと言わしめることが目的となってはうら寂しい。



死は、個人的なもの最たるものだろう。
生れる時は母と一体となって生れ出るが、死ぬ時は一人作業。





孤独死というのは、死に際のその人の心の問題なのではないだろうか。



心静かに自分の死を受け入れる心境に至って、臨終を迎える姿をmanmaは理想だと思っている。


人生で愛したもの愛されたものとの縁薄く、臨終の時にそばに居なくてもそれらを思って安らかに死ねるなら孤独であるまい。



生きてきた人生で愛することも愛されたことも無い人生だったならば、その人の死に際が孤独であることは仕方なかろう。





winが身をもって見せてくれた臨終の姿は、
枕辺にいる家族の愛を一身に感じて喜びながら静かに永遠の眠りにつく姿だった。







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孤独死

なんとも重いテーマを選んでしまった。あせあせ(飛び散る汗)



先日、新聞(日経)に孤独死は悲観するものじゃない。という作家さんのコラムが載った。


彼女(作家)は景色のいい別荘地で一人住まいをしていて、
お住まいからちょっと歩いた高原に、草がそよ風になびき小鳥が囀るとっておきの死に場所を見つけた。
自分は柔らかい草の上でそよ風と鳥のさえずりの中で静かに最期の時を迎えたい。
きっと心満たされ幸せな心持で死ねると書いてあった。


一見少女マンガのような風景を思い浮かべた。が、その想像は直ぐに掻き消された。


まぁ、柔らかい草の上でそよ風というのはあるだろう。


だが、小鳥の囀りに違和感を覚えた。


たぶん、動物が死にそうになると空に烏が旋回し始める。

たくさんの烏が旋回しているような場所にはまず小鳥は近付かない。



いよいよ死ぬなとなると、烏が近付いてきて軽く突っつき始める、後は肉食動物の餌食になる。


食いちぎられた姿を誰かに発見され、

身元確認捜査が開始され身元判明、

知人縁者に引き取られ荼毘にふされ、なんであなんところで・・・???。ほんと、最後まで世話を焼かせやがったなどんっ(衝撃)


少女マンガのような臨終の時はなんとも無残に打ち砕かれてしまった。ふらふら




そもそも死ぬ時というのは易々とは定まらないのではないか?

そろそろ死ぬなと思ってお目当ての草原に行く気力体力があれば、そこで動けなくなるまでに数日掛かりそうな気がする。
下手をすると動けなくなってからも数日掛かる、いや、ひと月、結局餓死か exclamation&question



このコラムを書いた作家さんはお一人で生きてこられたと書いてあった。


死に際の手を取って「ありがとう幸せだった」というシーンが苦手らしい。


自分にはその台詞を吐く相手も、言われる相手もいない。



一人で死んだとして、

訪ねてきた人が通報、死後一ヶ月か。作家孤独死。

それを哀れそうに言われるのがイヤだ。


一人で死んでも哀れなんて思わないでほしいと思ったようだ。



-------------**






弟は夜中寝たまま死んでいた。

朝、嫁さんが気付いた。
別れも告げずサッサと逝ってしまってちっ(怒った顔)。と嫁さんは悲しいやら歯痒いやらの感情をどうしただろう。


人間は群れで生きる動物だ、親類縁者知人の縁を断ち切りがたく生きている。

それでもmanmaは、悪意や敵対心を持って接してくる親類縁者との交流は切ってきた。




『悪意や敵意があったとしてもイイじゃないか、世間を狭めちゃいかんよ』と人生の先輩に諭されたこともあった。

最近、その先輩の心境が分かる気がする。

『悪意があったとしてもいいじゃないか許してやれよ。気持ちを広くもって包んでやれよ。』
と言いたかったのだなと思い至るようになった。



しかし、死に際の枕辺にうち揃う面々の中に心許せない親類縁者がいても頭数が揃えば豪華じゃないか、
幸せそうじゃないかとは思えない。

まだそこまで心広くはなれないでいる。




他人が見てお幸せだったのねと言わしめることが目的となってはうら寂しい。



死は、個人的なもの最たるものだろう。
生れる時は母と一体となって生れ出るが、死ぬ時は一人作業。





孤独死というのは、死に際のその人の心の問題なのではないだろうか。



心静かに自分の死を受け入れる心境に至って、臨終を迎える姿をmanmaは理想だと思っている。


人生で愛したもの愛されたものとの縁薄く、臨終の時にそばに居なくてもそれらを思って安らかに死ねるなら孤独であるまい。



生きてきた人生で愛することも愛されたことも無い人生だったならば、その人の死に際が孤独であることは仕方なかろう。





winが身をもって見せてくれた臨終の姿は、
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