2012年09月06日

妬み嫉み

人には妬み嫉みというやっかいな感情がある。
嫉妬(しっと)とは、自分と異なるものや、自分から見て良く見えるもの、自分が欲しい(欲しかった)ものなどを持っている相手を快く思わない感情。(wikipediaより)


やっかみ、ヤキモチというのも同類らしい。



manmaの父はとてもプライドの高い人だったので、この感情を持つことを嫌った。


勿論manmaに対しても持つことを許さなかった。

卑しい感情だと言い捨てていた。


『自分は自分他人は他人、比較して妬んでどうなる』と言っていた。



憧れるという気持ちは微笑ましく思っているようだった。
憧れて自分もあのようになりたいと思うのは良い傾向だと思っていたのだろう。







今は、妬(ねた)みや嫉(そね)みの感情を露にしても誰からも咎(とが)められなくなった。

正直な感情かもしれないが、それを『みっともない』と思う概念が薄れては日本人の心の美学も薄れそうで、それはそれでどうなんだろうと思う。



自分と比べて、大差ないのに!と思えるとき人は悔しいと思うのだろうか。

あいつは要領がいいだけなんだ、ラッキーだったに過ぎないのさ。
そんな風に考えるのは、自分を慰める為にジェラシーの炎を燃やしているのかもしれない。


元々負けたとか買ったとかに一喜一憂しないタイプの人間には理解しがたい感情なのだが、
時々「あんたはいいよね 勝ち組だよ!\(`o'")」と敵意を持って言われたりすると、「何が???」と面食らってしまう。


そこで、この感情について考えてみた。


負けず嫌いというのとはちょっと質が違う
負けて悔しいという感情からもう少し踏み込んだ、妬ましいと思う気持ちとは何なんだろう。


負けず嫌いと混同されることが多いライバル心。
これは妬みや嫉みとは懸離れた感情ではないだろうか、

よきライバルというのはモチベーションを高めあえる刺激し合える相手のことだ。



競い合いにおいて、全力で戦った後は天の采配を待つしかない。女神が微笑むのはどちら?というあれだ。

力を出し切るシチュエーションにあっては見つめる先は神のみぞ知る世界だと思う。



そこに至ってはライバルなんてのはモチベーションの着火剤に過ぎない。



ライバル関係であればそこにジェラシーは存在しない。

「お前!やったな(o^∇^o)ノ」という素直な心からの賞賛の祝福だ。


そこには
他人と比べて不安になったり腹が立ったり優越感に浸ったりするようなケチ感情が入り込む隙は無い。




だからやはり

妬み嫉みはみっともない。(;`O´)oということなんだと思う。

その未熟な心のありようを開き直ったように露にするのはやはり恥ずかしいことなんだ。

父はわが子であるmanmaにそれを教えたかったのだろうなと思う。


お前も大きくなれば分かるようになると言っていた。






ランキングに参加しています。
よろしくお願いします。(^^ゞ



人気ブログランキングへ 

ブログランキング・にほんブログ村へ


posted by win-manma at 00:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 暮らし

妬み嫉み

人には妬み嫉みというやっかいな感情がある。
嫉妬(しっと)とは、自分と異なるものや、自分から見て良く見えるもの、自分が欲しい(欲しかった)ものなどを持っている相手を快く思わない感情。(wikipediaより)


やっかみ、ヤキモチというのも同類らしい。



manmaの父はとてもプライドの高い人だったので、この感情を持つことを嫌った。


勿論manmaに対しても持つことを許さなかった。

卑しい感情だと言い捨てていた。


『自分は自分他人は他人、比較して妬んでどうなる』と言っていた。



憧れるという気持ちは微笑ましく思っているようだった。
憧れて自分もあのようになりたいと思うのは良い傾向だと思っていたのだろう。







今は、妬(ねた)みや嫉(そね)みの感情を露にしても誰からも咎(とが)められなくなった。

正直な感情かもしれないが、それを『みっともない』と思う概念が薄れては日本人の心の美学も薄れそうで、それはそれでどうなんだろうと思う。



自分と比べて、大差ないのに!と思えるとき人は悔しいと思うのだろうか。

あいつは要領がいいだけなんだ、ラッキーだったに過ぎないのさ。
そんな風に考えるのは、自分を慰める為にジェラシーの炎を燃やしているのかもしれない。


元々負けたとか買ったとかに一喜一憂しないタイプの人間には理解しがたい感情なのだが、
時々「あんたはいいよね 勝ち組だよ!\(`o'")」と敵意を持って言われたりすると、「何が???」と面食らってしまう。


そこで、この感情について考えてみた。


負けず嫌いというのとはちょっと質が違う
負けて悔しいという感情からもう少し踏み込んだ、妬ましいと思う気持ちとは何なんだろう。


負けず嫌いと混同されることが多いライバル心。
これは妬みや嫉みとは懸離れた感情ではないだろうか、

よきライバルというのはモチベーションを高めあえる刺激し合える相手のことだ。



競い合いにおいて、全力で戦った後は天の采配を待つしかない。女神が微笑むのはどちら?というあれだ。

力を出し切るシチュエーションにあっては見つめる先は神のみぞ知る世界だと思う。



そこに至ってはライバルなんてのはモチベーションの着火剤に過ぎない。



ライバル関係であればそこにジェラシーは存在しない。

「お前!やったな(o^∇^o)ノ」という素直な心からの賞賛の祝福だ。


そこには
他人と比べて不安になったり腹が立ったり優越感に浸ったりするようなケチ感情が入り込む隙は無い。




だからやはり

妬み嫉みはみっともない。(;`O´)oということなんだと思う。

その未熟な心のありようを開き直ったように露にするのはやはり恥ずかしいことなんだ。

父はわが子であるmanmaにそれを教えたかったのだろうなと思う。


お前も大きくなれば分かるようになると言っていた。






ランキングに参加しています。
よろしくお願いします。(^^ゞ



人気ブログランキングへ 

ブログランキング・にほんブログ村へ


posted by win-manma at 00:06| Comment(2) | TrackBack(0) | 暮らし