2014年08月31日

車のアナウンスに“イラッ”

我が家の車のアナウンスで毎回気になるのが、
「ETCカードが、装着されていません!」

乗込んで発進すると毎回注意されているような気になる。

「カード装着していません!!」と心の中でつぶやく。(笑)
それを言うなら、「ETCカードは装着されていません」だろう。


なんとも他愛のない話なのだが、毎回カードを差し込む人はいないはずなのにどうしてこんなアナウンスにしたんだろうと思う。それとも付けっ放しにしている人が圧倒的に多いのだろうか。

盗まれて使われては困ることになる。
色々なところに届け出たり連絡したりと面倒なことにもなる。
まぁガラスが割られたりしたら盗難ブザーがなったり、メールで知らせが届くことになっているらしいが、その場で取り押さえることはできない。



ちょっと断線した?そうイラッと来るアナウンスでした。(゚ー゚;Aアセアセ



その逆でナビの声の人ってどんな人?と思う。
イヤミがなくて、スッと馴染んで、明瞭で。
いいなぁ(*゚▽゚*)と思う。


先日久しぶりにJRに乗ったら、駅のアナウンスが女性になっていることに気づいた。
抑揚がJR風じゃなくなっている。
中川兄弟の駅員のコントが過去の遺物になっちゃうの?と思うとさみしい気分にもなる。
こうして昔話になっちゃうのか、でも懐かしいと思えるのは歳を重ねた幸せなのだという気もする。

懐かしいといえば、
昨日、小倉駅に通じる大通りを古いアメ車が走っていた。
この車、ウインカー表示をしないで左折したり右折したりしていた。
「たぶん壊れてるんじゃない(笑)」
「昔、ウインカーって電気じゃなくて、パタッと棒状の物をレバーかなんか引っ張って出してたよね」
「それが壊れると手で合図してた(笑)」

小学生にもならない50数年前、車社会の始まりの頃、軽トラのウインカーが電気じゃなかったころの光景がふと思い出された。
懐かしい思い出。ジブリのアニメに出てきそうな風景。

これからは車社会になる。と聞いて従兄弟の大きい兄ちゃんは自動車免許をいち早く取った。
兄ちゃんは得意げに車に乗せてくれた。
免許があれば仕事に困らない。どこにでも就職できる。勉強が苦手なその兄ちゃんは結局トラックの運手やタクシーの運転手で生計をたて子供を育てた。


20数年前、これからはPCの社会だ。PCが世の中を変えるといわれた。
あれから20年余PC操作が多少出来ても、黄門様の印籠のような運転免許証ほどの威力なく、日々進化するWEBの世界について行くのが精一杯。これさえあれば誰でも一生食べていけるなんて事にはなっていない。


もう、自動車免許のような多少頭が悪くても「これさえあれば」生活に困らないなんてことには成り様のない社会になってしまっているんだろうな。


自分に取っての「これさえ」を見つけなければならない社会になっている。
動きがめまぐるしくてそれが見つけにくい世の中になっている。

世知辛いなぁ。(・・。)?


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posted by win-manma at 14:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 暮らし

2014年08月14日

お盆で墓参り

自分はお墓などに入る気がしない部類の人間なのだが、両家の親のお墓には必ず年三回行く。


昨日も近くのスーパーでお供え物を選びながら思った。


毎回この時だけは母や父のことを思い出し、対話するかのように好物だった物を選ぶ。


母は昭和6年生まれ、終戦のときは女学校だったそうだ。


物の無い時代に青春を過ごした母は甘い物に目がなかった。


私がお腹に居る時、舅が持ってきた羊羹を一竿食べてしまって驚かせたと聞いたことがある。

子供の頃、姉弟三人で母が隠しているお菓子を探し出して食べると本気で怒っていた。(笑)

チョコレートにジャムが入った新発売の物や、長崎名物の一口香や、黒砂糖がコーティングされた黒棒、かりん糖、これらはみな母の好物だ。

これらのお菓子を母はいろんなところに隠し持っていた。

洗濯機の中かから探し出したときは、子供心に呆れた。
このときも怒っていた。(ง •̀_•́)ง


母はいつも怒っていた。
私は夜、誰かに追いかけられる夢をよく見た。
当時、月光仮面や鉄人28号やハリマオーといった子供番組があった。
劇中いつも追いけるシーンがあった。それと母の怒った顔とがごっちゃになっていたのかもしれない。

今思えば母はずっと子供だった。
22歳で母になっても子供だった。キレイな洋服が着たくて、美味しいお菓子が食べたくて、週刊誌ネタが好きで。5人姉妹の長女のくせにちっとも長女らしくなくて口の立つ妹達に言い包められていた。

そんな母を思い出し、これも好きだったねと心の中で語りかける。

お墓参りは故人のためのものではないなと思う。
思い出の中の人に会う私のための行為と時間なのだと思う。


私はお墓に祀られようとは思っていない。

骨は残されたものが好きなようにしてくれればいい。


弟の骨は未だに嫁のKちゃんがKちゃんちのリビングに置いている。
そうしていたのだと言う。


長男家は先祖代々の骨を収めたお墓を守っている。


父が亡くなった時、長男家の娘(従姉妹)から別のところに納めろと拒絶され、母は仕方なく納骨堂を購入して父の骨を納めた。


核家族とはそういうことかと思った。

この時も既に亡くなっていた父の母つまり姑と嫁である母がお墓購入で力を合わせ、建立にこぎつけたと聞いている。そして、お前達も入る墓だからと姑に言われていたそうである。

そんな経緯を知ってか知らずか、従姉妹はキライなコウ兄ちゃん(叔父)は入ってほしくない。と言う言い分が通った結果となった。


死後、骨が宙に浮くのは哀れである。

誰かの記憶にある間が生きた証だと思っている。
孫曾孫に語られて生きた残り香があればそれでいい。
いずれは誰の記憶にもなく風化してしまうのだ。

過去の人を敬い崇める思想を否定するつもりはないが、自分が崇め奉られることを自ら望む気持ちは湧いて来ない。
今ある自分が遺伝子を受け継ぐものであることは疑いようのない事実だ。

それはDNAの中に刻まれているらしい。それでいい。


シンプルに身体(骨)は風化させれてほしい。
できることなら海の砂に溶け込むようにいなくなりたいと思う。
posted by win-manma at 11:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 暮らし

2014年08月11日

コンタクトレズ

二十歳の頃にコンタクトレンズを装着するようになって、人生が大きく変った。

それまで、文字でも映画でも写真でも人の顔すらも見ることを等閑(なおざり)にしていた。

だから成績も振るわなかった。
なんだかボーとした頭で生きていた。

それがコンタクトレンズを入れていろいろな物が良く見えるようになって、頭が少しシッカリしてきた。(笑)

頭の焦点が合った感じ。




色々と考えをめぐらすのは子供の頃から好きだった。

しかし、それは想像の翼とは懸離れていて空想癖とでもいう代物、想像力豊な感性を活かす道などどこにもなかった。
もう少しコンタクトレンズとの出会いが早ければ具体的に建設的に道は開けたのかもしれなかったと今更ながら思う。

メガネは小学生の時から持っていた。
しかしそれは只見えるだけ、視野が開けないのだ。
めがねの縁が邪魔してその範囲内だけにピンポイントされるだけ。

コンタクトレンズは違った。
視野の全て、180度以上が見えるということはこんなにも違うことかと晴れ晴れした。


そのコンタクトレンズが妊娠中使えなくなった。
角膜炎を起こしてどうしても使えない、アレルギーのように拒否反応を起こす。
仕方なく、メガネの生活。
だから育児書も読まなかった。
テレビも観なかった。いや、見れなかったこちらは刺激的な殺傷シーンや事故死のニュースなど見ると頭がクラクラして気分が悪くなった。
平和なお花畑の中ような気分で妊娠中をメガネを掛けて過ごした。
あれはあれで幸せだったのだと思う。

それから20余年、50歳を過ぎた頃からコンタクトレンズを拒否する体質になった。
突然のアレルギー反応。
少しずつ装着時間が短くなって数年前全く使えなくなった。
目がショボショボして開けていられなくなり、メガネに。

ところが、今年。

どうも不便で困る。もう一度チャレンジしようと試みた。
ふと思いついて保存液をボシュロムに。(値がお高い)

すると、なんということでしょう!!

目がショボショボヒリヒリしない。目

数時間装着できるではありませんか。(*゚▽゚*)



少しずつ時間を延ばし今では10時間以上着けても大丈夫になった。


50代でアレルギーがひどくなり、化粧品や薬、石鹸、自分の汗にも反応する。

保存液にもアレルギー反応していたのだった。


試してみるのってとても大切だなと思った。

50才頃からアレルギーが出たという人は私の周辺にも多くいらっしゃる。


50代は丁度、閉経やら更年期障害やら介護やらとストレスの多い年代。

私の場合、少しずつ手探りでアレルギー反応を起こさない物質を探し出してきて現在至っている。


今はなんとか身体を怒らせずに健やかに暮らせている。

綿・麻・絹・ウールを身に着け。
薬・化粧品類は恐る恐る試して鼻の横がヒリヒリしたり鼻炎が出たらダメのサイン。
食べ物は化学薬品の痕跡のないもの。

これだけでも身体はおとなしくなるもののようだ。(゚ー゚;Aアセアセ



posted by win-manma at 21:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 暮らし