2015年07月27日

優しい従兄弟

昭和14年生まれの兎年生まれ、
終戦の時は6歳か7歳、食べ物の無い混乱の中で、戦地から復員した私の父の手を引いてゴミ置き場に連れて行きここに食べ物があると言ったという。


この甥を見て我が父は俄然この子を飢えさせるわけにはいかないと闘志が湧いたと言っていた。

この混乱期、核家族がまだ成立していない。親兄弟が力を合わせて糊口をしのいでいた。
だから、甥といえどもわが子も同然、この子が道を外せば遠慮なく叱りつける。


兎年生まれの従兄弟はいつも私の父に叱られていた。
14歳年下の私は、それを見て「この兄ちゃんはダメな人なんだ」と思い込んでいた。


叱られても叱られても従兄弟は決して反抗しなかった。
困ったような顔をしてうつむいて耐えていた。

実際、ダメ兄ちゃんだった。
仕事が続かないのだ。
今思えば体が悪かったのではないかと思う。
いつも手がブルブル震えていた。
お酒は飲めない体質だからアルコールによる禁断症状ではない。


戦地では身体の不調は精神の弛みだ根性を見せろと鍛えられた父からすれば、なんとも不甲斐なくて仕方なかったのだろう。

戦前派と戦後派、軟派な戦後の風潮は両者の間に立つ大きな壁だったかもしれない。


そのうち父も結婚し独立した。

さぞかし煩いのが居なくなってホッとしたことだろう。
父は次第に疎まれる存在になっていった。

それでも従兄弟はけっして父に嫌悪の態度は示さなかった。
父が行っても黙って姿をくらますことなく、優しい目で父を見ていた。


ダメな従兄弟はとっても心が広かったのかもしれない。


従兄弟の父親(伯父)が亡くなった時、財産問題が起きた。
小ズルイ妹が土地の権利を奪おうと画策したのだ。
その画策を父のもう1人の兄に説得された時、私の母が怒った。
妹の画策は未遂に終わった。
その時も、この従兄弟は何も言わなかった。
何も言わないが、見ている人はちゃんと見ていて骨を折ってくれるものだということだろうか、
それとも、筋を通す亡き祖母の気持ちを母が受け継いでいてそうせずにはいられなかったのだろうか。

この土地には亡き祖母の知恵が仕込まれていた。
私の父の承認が無ければ土地を売買できないようにしていたのだ。
それを知った従兄弟の妹は、あろうことか私がこの土地を狙っていると言い出した。
あらぬ疑いを掛けられ、母は父の承認が無くても土地を売れるように取り計らい、我が家はこの土地の執念から逃れた。
実は、昔この土地の中に私の父の家を立てる計画が祖母と私の両親との間で決められていた。
計画は実行に移っていた。しかし、最終段階で住宅ローンの保証人に頼んだ父の妹の夫が途中から捺印を拒んだ為、頓挫した経緯があった。




話を従兄弟に戻そう

この従兄弟、実は突然妻に逃げられ、シングルファザーで二人の子供を育てた。

そして、十数年後妻がボロボロになって戻ってきた。

娘に私達のお母さんだから。
と、言われ受け入れたそうである。


この従兄弟が先日亡くなった。

葬儀はシングルファザーで育てた二人の子供が一生懸命に執り行った。

優しかった父を失い、涙する二人の子。

シングルファザー時代、子の成長を嬉しそうに話す従兄弟の姿を思い出す。
愛する子に膠原病の治療を助けられ、見守られ、我儘を言い、静かに息を引き取ったと聞いた。

親の介護を逃れたがる子の多いこの時代、病院生活が2年に及び十分にしてやれなかったと恥じている様子の従兄弟の子供の言葉に、同じ親として羨望すら覚えた。

「兄ちゃん愛されていたんだね。幸せだったんだね。よかったね。」


どうぞ安らかに。
posted by win-manma at 12:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 暮らし

2015年07月20日

キッチンが暑い

我が家はキッチンが狭い。
三畳ほどのスペースに一辺180cmのL字型システムキッチン、470リットルの古い冷蔵庫、80cm幅の食器棚、レンジ台、これらがギューっと詰まってそれぞれが熱をはっしている。


夏になるとそのキッチンに熱がこもって頭がクラクラしてくる。


シンクの前面はカウンターになっていて時には心地よい風が入ってくるのだが入ってきた風の抜け道がない。

キッチン奥のガスレンジの前は息苦しくなるほどだ。たらーっ(汗)


27年間このキッチンに立ち続けて、、、。

『リフォームしたいなぁ』と思うともういけない。

頭の中でリフォームの絵がグルグル回っている。


そこで、いろいろ調べてみた。

キッチンメーカーの展示場を見て回る。

施工業者を調べてみる。

値段を聞いてみる。


そもそもの発端は冷蔵庫、
15年使い続け、
開けても庫内を照らす照明が点かない冷蔵庫、
一番上の段に置いた物が凍る冷蔵庫、
日本酒の「生」に拘って野菜室は日本酒の一升瓶が横たわって野菜の居場所が小さくなっている冷蔵、
もう替え時。
ワンサイズ大きい物は183cmの高さを誇る。
我が家のキッチンの入り口はアーチ型で183cmの冷蔵庫はそこを通過できない。
入口を壊さなきゃexclamation


あれこれ検討して、大枚叩いてリフォーム決行を決意する。(゙ `-´)/ コラッ!!



その試行錯誤、苦悩の過程で判明したキッチンの熱気。

照明器具から発する熱。

洗い物をするシンクを照らす吊り戸棚の底に取付けてある蛍光灯。
これだexclamation×2


気付くと、あの蛍光灯が顔の直ぐ傍まできている。
これが熱い。
これをLEDにするだけで随分楽になる。


調べると何処にでも取付けられるLED照明が有るではないか。
LED照明は熱を持たない。
しかも80cmの長さで3千円(税・送料込)
早速注文。

電源はACアダプター
両面テープと磁石で手元を照らす位置に簡単に取付けられた。
ルミナス ポール径19mm・25mm共通パーツ マグネット取付LEDスリムバー


27年もの間、何故気付かなかったんだろう。
台所は暑いと決めてかかっていた。仕方ないと思い込んでいた。

目の前の照明器具、熱くありませんか?


夏、キッチンに立つのが億劫だと思っている奥様。

おススメです。(^^ゞ
posted by win-manma at 17:56| Comment(0) | TrackBack(0) | キッチン

2015年07月09日

先日義理の妹が商売物の高級ケーキをたくさん持って来てくれた。(亡くなった弟の嫁さん)


弟が亡くなって6年になる。

182cmの弟と150cmに満たないお嫁さん。
二人はとっても趣味が合っていた。音楽のアーチストや映画や役者の好みも一致していた。
そういえば昔、マイケルジャクソンが来日したときは九州からボディーペインティングして会場に乗り込んでいた。(笑)

11歳の歳の差、新婚当初はこの個性的な二人、大丈夫かexclamation&question
仲間内では何ヶ月持つか?と噂されたものだった。

子供のいない個性豊な義妹は30代仕事にのめり込んだ。
ファッションに敏感な感性を活かしファッショナブルな仕事の内容や進め方を追求し、ケーキ屋さんの店員さんからその親会社の役員にまで上り詰めた。
弟は彼女の仕事を大らかに見つめ応援していた。

彼女の仕事が軌道に乗り安定したころ弟は帰らぬ人となった。


40半ばで彼女は突然未亡人になってしまった。

それでも数年は髪を金髪に染めエネルギッシュだった。
相変わらず元気でいいわグッド(上向き矢印)と思って私は彼女を見ていた。

まだ若いのだからこのまま萎れては人生勿体無い。
家族を養う苦労もなく、生活にも困ることもない境遇なのだから、新たな幸せをつかんでほしい、また違ったタイプの男性と仲良く暮らせるようになってほしいと願い、本人にも伝えていた。



しかし、信さんの存在は大きすぎました。無理ですよ。と言う。

彼女に取って夫である弟は価値観の根幹だった。


あんなに私を包み込み生かしてくれる人なんて居ませんて、と笑う。


まだアラフィー。
これから先、人生はまだまだ長いぞと思うが、
呼べど応えない弟に心の内で語りかけながら、思いながら生きて行きたいらしい。


「わたし、信さんが亡くなったあと泣いてないんです。あの時のまま、生きていた時のままの気持ちでいたいから泣きたくない。」




泣いて納得する術を人間は知っていて、心を洗い流し徐々にでも前に進もうとする。


しかし、洗い流したくない、このままでイイと思う。と彼女は言う。



ほんとうにそれで幸せなの?

淋しくない?




もう信さんは居ないのよ。あの世で絶対にあなたを見守っているから。

もう一度あの元気で陽気なKちゃんを見たいと思っているんじゃないかなぁ。
そう言って帰したあと、酷なこと言ったかもしれないと・・・。思い、なかなか寝付けなかった。


posted by win-manma at 17:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 暮らし