2016年01月25日

今年は寒いぞ!

暖冬暖冬とテレビで言っているから今年は雪も降らず、ストーブもあまり使わないだろうと思っていたら、
とんでもないexclamation
昨日は最高気温がマイナス3℃。雪 37年ぶりの大寒波襲来となった。

外の景色を見るだけで、寒さが襲ってくる。
最初は精神的に参った。鬱だ。
何もしたくない。
料理もしたくない、もちろん掃除なんてする気は全く起きない。
ずっと布団の中で丸くなっていたい。冬眠したい。(-"-;)

不要な外出はしないでくださいとテレビが言っていたので、食料は買い込んで来た。
図書館で本も大量に借りてきた。おまけにネットで注文したブックオフの198円の本が8冊も届いた。
読書三昧だ

冬篭りの用意は万端なのだ。(*^_^*)



しかし、この短期冬篭りは決して楽しいことではないと思い知らされた。

鬱と運動不足。
どんよりした空の色と異様な寒さに気が滅入り、トイレに行くのも億劫。そのうえ腰痛が出た。
暖かい物を食べないといけないのに作る気になれない。
「晩御飯、何?」と言う夫が恨めしい。
仕方なく簡単に出来てしまうキムチ鍋にした。
鍋料理を考えた人、それ様の鍋を開発した人、白菜や葱を美味しくしてくれた人に感謝しつつも
身体がダルイ。足が重い。


ダメだ!!!


昼間ダラダラしていたから案の定、夜中になっても眠気が来ない、一睡も出来なかった。

AM3:00 新聞屋さんが朝刊を配達している。
このアイスバーンの道をバイクで回っている。
スゴイな! 偉いな!


寒波は日曜日祭日は避けてほしいものだ、気持ちも身体も緩んでいけない。
冬篭りなんてそんな生易しいものじゃないんだね。知らなかった。<(_ _)>



翌日は月曜日
いつまでもお休みモードじゃダメだぞ。\(`o'") こら-っ

寒波は続いているが、今日は仕事をするぞ。


さあ、スイッチを切り替えて、


冬篭りなんて、冬篭りなんて 無理だわ。(-д-`*)



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2016年01月21日

お母さんの呪縛

昨日、サークルのみんなでJRに乗って若松まで作品を鑑賞に行った。

連盟のお偉い理事さん達の力作の展示会。


先生曰く、
ライバル心が掻き立てられる展示会で、みんな下手な物が出せないから、力が入っているでしょう?表装も凝っているから参考になるわよね。

なるほど美しい力強い額や軸が並んでいた。


この日、いつも体調が悪いと言って教室をお休みされる人が来ていた。
展示会がメインだとは知らず、その後の昼食会に参加したいと思ったのだそうだ。


10〜13人程度の教室で平均年齢、70歳位だろうか。
私でさえ若い方に属している。(笑)
皆さん服装も地味で、落着いた会である。


その方は他の人達とちょっと違っていて、いつも落ち着きの無い不安げな様子の方。
そして、よくご自分のことを喋られる。
地元の難関公立高校を卒業されていること、短大を卒業されていること、離婚されていること、習い事を子供の頃からいっぱいさせられて、今はその頃取った免許で生活されていること。等々

誰も聞いていないのに自分から率先してみんなに言われるのだ。

自慢?不安?情緒不安定?
そんな印象を持ってしまう。

そして、昨日「書く気になれないの、書きたくないの、だから教室に行けないの」と仰った。
誰かが、「まぁ(笑)頑張って」というと、
「頑張って!」と言ってはダメなのよと言う。

カウンセリングでも受けたのだろうか、最近の精神医療では“励ます”のは良くない益々追い詰める事になると聞いたことがある。
それほど深刻なのと思ってしまう。


それを聞いていて思った。
この人、ずっと誰かの期待に応えて来たんだろうなと。
ずっと頑張ってきたんだろうな。頑張らなくていけない!と思っているの?

頑張ってお勉強して良い成績を取って、トップクラスの進学をして、習いごとも頑張って師範の免許を取って、良い結婚をして。┐('д')┌

それなのに離婚を突きつけられて、心が折れて、時々自分で自分が分からなくなってる?

その習性で
70歳を過ぎても、みんなが楽しみに通っているカルチャーでも人一倍頑張らないといけないと自分を叱咤する。それが出来ない自分を責める。


気の毒だ。



お母さんに付いてお教室通いをしてたの?と誰かが聞いた。
母が好きで一生懸命にしてた教室で自分も習い始めたのと嬉しそうに言っていた。
お母さんや大人に褒められることが嬉しかったんだろうな。
お母さんが喜ぶことが自分でも楽しかったんだろうな。

その頃は幸せだったろうな。
ずっと子供でいられたら良かったのにね。


褒めてくれる人がいなくなり、喜んでくれる人がいなくなったら、モチベーションが下がってしまう。
あとは、頑張る習性だけで生きていく。

だとしたら、
そんなのおかしいと思うでしょう?
育て方がおかしいんじゃない?と思うでしょう。
そもそも踊らされてる自分に疑問抱かなかったの?と思いますよね。

親にとって子供の成長は生き甲斐ともいえる。
「這えば立て立てば歩めの親心」とむかしの諺にもある。
寝返りをした、掴まり立ちをした、そのたびに親は手を叩いて喜ぶのである。

そして、親の言いなりにならない第一反抗期を迎える。

自我の芽生えである。
ここで自己を自覚し、自分の価値観を確立していく。
親からの距離を少し伸ばし自立したいと願うようになる。
2才の小さい手と力で精一杯自己主張をする。自分で出来る!と主張する。
好き嫌いを主張し、怒りの感情をさえも持つようになる。

反抗期を繰り返しながら人は自分自身を掴んでいく。
そうして段々大人になり難局を乗り越えることが出来るようになる。
自我が確立されているから自分で判断を下すことが出来るようになり、あーしなさい、こうしなさいと、指図されなくても生きていけるようになる。
自分自身に納得できる生き方を選ぶことが出来るようになる。
流れに身を任せているように見えても、大きな流れに押し流されつつも手足をばたつかせて泳ぐのだ。
波が穏やかならば流れを楽しみ、波が大きければ飲み込まれそうになりながらも必至に浮上しよう浅瀬に行こうと手足を動かすのだ。


そこに有る主体は自分である。
褒められたからとてたいしたものではない、肝心なのは自分の力、それを冷静に自覚する客観的な自分自身。




自分の人生なのだ、楽しく(面白おかしく享楽を求めるのとは違う)日々暮らすことはとても大切な生きる要素だと私は思う。


歳を取ってまで無理などしなくていいじゃないか。
努力が楽しいなら努力すればいい、苦しいと感じてもその先に悦びがあると感じたらちょっと苦しんだっていい。人生にはメリハリが必要だ。

だれももう頑張れ!頑張れ!力を振り絞れ!なんて言わない。


自分の限界に挑戦するのは、気力体力が充実した年頃にこそ出来ることであり、楽しい。



「無理にしなくていいんです。自分のしたいようにすればいいんですよ」
と、言ったのですが、キョトンとした顔をされていた。
通じなかったようです。(笑)



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2016年01月16日

よそ行き声?

先週の行列の出来るラーメン店「龍」でのこと。


ここは大人が並ぶ(男性が主流)店である。


男同士だったり、中高年夫婦だったり、お父さんと子供だったり。


時にカップルも見かける。

県外ナンバーの女性同士だったりすることもたまにある。



先日は運良く、一人で来た男性だけが待っているその後ろに並ぶことが出来た。

ここは外で待たせるのが気の毒なのか、次の順番待ちのグループだけ店内で待つことになっている。
この日は殆んど待つことなくカウンターに案内され、待っている間に注文していた物がグットタイミングで供される。

よし!食べるぞと意気込み。
美味しく食べてるのだが、出入口の近くの席だと次の人が店内で立って待っているのが少し気になる。
なんだか急かされている気分で食べることになるのだ。(;´▽`A``

その日も次のカップルの存在が気になった。
男性の方は既に何度か来たことがあるらしく事前の注文をベテランぽっく決めている。

その連れの女性の声が耳に付いた。
小さな地味なラーメーン屋には不似合いな声のトーンなのだ。
フレンチかイタリアンの料理が似合いそうな・・・。
そう!ちょっと気取ってる。感じ。
そして、ラーメン屋に来てその西洋料理の空気を求めている感じ?(笑)

「私をこんな店に連れてくるの〜」┐('д')┌
というお腹の中の言葉を声が表しているじゃないか。(笑)


この男、気付いてないのかい?
このお姉ちゃんは、君とは価値観が違うみたいだよ。
声の質から見ると頭は悪くなさそうだけど、場に馴染まない余所行きの声と声の大きさから察するに
君の美味しい物を嗅ぎ分けるアンテナと、美味しい物を知る舌の値打ちを理解できる女ではないみたいだよ。

止めとけ止めとけ
料理の味覚が合わない奴とは一生相容れないものだよ。
一緒に暮らすとは同じ物を食べて生きて行くということだ、美味しいねと微笑み合える関係こそが円満のコツなのだ。
今日はチョッと気取ってるけどフレンチもたまにはイイねと合意して幸せを分かち合うのだ。
ラーメン一杯といえども何故美味しいのかと思えば奥が深いのだ。



ここは食べログトップの店なのだよ。
どんな味なんだろうとワクワクしながらも厨房や客の様子を静かに見守るのが普通だよ。

こんな所でも、その人の興味の筋(すじ)が、その態度に出てくるものなんだからね。
侮れないよ。ヾ(・ε・。)




例えば息子が彼女を連れてきた。
そんな時、親はこんな目で観察するんだろうな。(怖)
そして、止めとけ止めとけって言ったりする。(笑)
たぶん賢い息子なら彼女を冷静にこんな目で見ているかもしれない。



我が家の場合は、彼氏をそんな目で見ていたらしい。
報告によれば、「食べ物の趣味が合ったのよ」だった。



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2016年01月15日

やはり無謀だった 餃子・から揚げ・ビールのつづき

唐揚げ・餃子・ビールでご満悦。(;´▽`A``


だった


翌朝、いつものパン・手作りヨーグルト・スープ・りんご・コーヒーを飲食する時間が無かった。
土曜日は一週間分の食品の買出しにあちこち行かなければならない。


そこで、なかなか食べる機会がないモスバーガーをドライブスルー購入。
車で食べることにした。

何年ぶりだろうo(*^▽^*)o~♪
十年は食べてないね。


そして、お昼

家で作って食べるにはもうエネルギー切れっぽい。
(この時点で既に体調が怪しいと気付けばいいものを・・・)

行列の出来るラーメン店(龍)に行くと一人しか並んでない。

勿論、美味しく戴く。




唐揚げ・餃子・ビール 

モスのハンバーガー

とんこつラーメン

夜、自宅でブリの刺身、南瓜の煮つけ、その他 + 日本酒(冷酒「冬の月」)



そうだった。
私はお腹が脆弱だった。がく〜(落胆した顔)

忘れてた。(;゚ロ゚)ハッ
最近とっても腸が元気になっていた。



寒気と同時に腹痛。

顔は真っ青。


久しぶりのこの痛み。
身体が冷たい、下っ腹が痛い。頭がジーン。



トイレに行く。
食べた物を数回に分けて全部吐き出した。
そして、腸に行ってしまった物も出した。


もしやノロウイルスか???

そうなるとヤバイぞ。



しかし、

幸いにもノロではなかった。

だが、
一度で済んだ嘔吐下痢なのに、起き上げれない。
どうも風邪をひいていたらしい。



月曜日は祭日で仕事はお休み。(仕事の電話が掛かってこない)

日曜日は絶食。
火曜日まで流動食でお腹を休ませ、お布団で過ごした。



水曜日には仕事に復帰できた。


随分強くなったものだ。
以前だったら、ひと月は完全復帰できなかった。


腸はほぼ1日で治っていた。

さすが、手作りのカスピ海(種を買いました)ヨーグルト。(*゚▽゚*)
腸が元気だと身体が楽だな〜。



posted by win-manma at 20:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 暮らし

2016年01月08日

餃子・唐揚げ・ビール・〆はチャンポン

北九州はB級グルメがイイ。


お正月テレビで「ワカコ酒」BSジャパンを見ていて、唐揚げにビールがあまりに美味しそうで無性に欲しくなった。


北九州で餃子といえば「餃子兄弟」
間口は270cm程、アルミの引戸を開けたら厨房をL字に囲むカウンターと、それを背に壁に向かってしつらえられた細いテーブルと丸いす4〜5並んでいるだけ。

ここの餃子がもっちりパリパリで肉汁アチアチ。
ほぼ月1のペースで通っていた。
ちなみに夫は必ず焼き飯を注文。

私は勿論ビールを注文。夫は車なので水で我慢。(;´▽`A``

経営者は中国人のご夫婦
とても愛嬌が好い。
目の前で50cm角ほどのベニヤ板の上で餃子の革を伸ばし具を詰めて作っている。

焼きあがる、もしくは茹で上がった餃子(水餃子も美味しい)を手渡す時、「熱いからね気をつけてね」と必ず中国訛りで言ってくれる。

初めて食べた時はちょっと火傷した。


去年、行った時、店主がとても疲れているように見えた。

めずらしく、「奥さんビールいつも飲むね、だんなさん飲まないね┐('д')┌」(笑)と言った。
そして、予約の電話が入った時、もう来なくていいのにと嫌そうに言っていた。

食べ物商売は体が資本だ。店主が倒れると店を締めなきゃならなくなる。
繁盛するのは一見いいように見えるが、身体を壊したら元も子もない。

その後、食べログで評判になり、行列が出来るようになった。
電話でお持ち帰りを聞くと、並んでて作りおおせない。ゴメンねと言っていた。


そして、店は休業となった。
再開発で立ち退きの話はあったようだが、早めに閉めたようだ。



何度かネット検索するも、移転したら知らせますとあるだけ。



もう何ヶ月も「餃子にビール」の至福を味わっていない。(_ _。)・・・シュン



そこで、

唐揚げとチャンポンの美味しい店がある事を思い出した。
若松区高須の「ぎゃあてい」

仕方ない、ぎゃあていで「餃子・唐揚げ・ビール・〆はチャンポン」!!!

唐揚げは味付けで好みが分かれる。
ここの唐揚げはジューシーで外がカラリとしていて噛んだ時のサクッとした感触と甘さを控えた味付けが絶妙。

残念なことに今日、到着した19時の時点でチャンポンが終わっていた。(;゚ロ゚)ハッ

でも、もう引き返せない。
〆は諦めて、餃子・唐揚げ・ビールで欲望を満たすことにした。
食べたいと思ったときが一番美味しいのだ。exclamation


満足満足!!



posted by win-manma at 21:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 暮らし

2016年01月02日

NHK紅白見ました?

何十年と習慣と惰性で見続けてきた紅白歌合戦だが、一昨日の紅白は途中で音を消して読み掛けのミステリー小説に目を落とすことが多かった。

画面が静かになり、上手な歌い手が登場するとボリュームを戻す。その繰返し。




NHKいったいどうした???


「花燃ゆ」も物語の重心の置き方を間違ってるよ。と素人の私にも分かった。
イケメン俳優を前面に押し出し過ぎてヒロインが軸に据えられていない。
これじゃ花燃ゆの題名に背いているじゃないか、男に翻弄される様を描いてどうするんだ!
壇ふみさん演じる滝さんだけが、女性の芯の強さと美しさを見せてはいたが、残念ながら彼女はヒロインではない。
脚本家や監督はいったい何を表したいのか?
歴史の事実を聞きたいわけじゃない。そんなものだれもドラマに期待してはいない。
視聴者が期待するのは、歴史の上っ面なんかじゃなく人間性の深いところにある心の真髄を見て驚嘆し共感し喜びたいのだ。


最低視聴率だった一昨日の紅白でもそうだ。
視聴者はワショイワショイのお祭り騒ぎを見たいがためにテレビの前に何時間も居るわけじゃない。
歌の上手な新人に「こりゃまた若いのになんと上手い歌い手だ! こんな人が出てきたのか」と思って喜び。
XJAPANの復活、紅白登場に喜び。
司会者のさわやかなテンポの番組運びに満足を覚えるのだ。

その時、今、声の張りと声量と美しさを兼ね備え、それでいて庶民的な本物の歌手の魅力を堪能したいと思い、その贅沢を期待して見るのである。
イノッチ君も綾瀬はるかさんも上品で優しさが伝わってきてよかったのに、久振りに赤組が勝ったのに残念だった。ヾ(・ε・。)ォィォィ



どうも真髄を捉え損なっていると思えるNHK。
回転体の軸がぶれると物体はガタガタと音を立て、壊れます。
芯がしっかりしていない組織というのも同じですね。


もし、次の紅白がまた御輿を欠いたお祭り騒ぎの様だったら、物心付いた時から見てきた紅白見ないなぁきっと。
posted by win-manma at 13:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 暮らし

2016年01月01日

2016年 明けましておめでとうございます。

昨年はいろいろと充実した一年でした。

2015年のお正月は娘がドイツに留学したため、夫婦二人の静かなお正月を30数年ぶりに過ごしたのを振り出しに。
1月、ドイツ訪問を決め、2月旅行の準備に取り掛かる。
3月、生まれて初めての海外旅行をツアーではなく単独渡航で行くことに夫や周りの人に「勇気あるね」と呆れられつつ出発し無事帰国。
4月、ヨーロッパの風に当たって元気になり、気が大きくなり、敷布団やマットレスはやはり良い物を使わなければ身体に悪いわ!と思い定めボディドクター アドヴァンス マットレスを2つ(夫にも(笑))購入。
多分ドイツの安ホテルのベットの寝心地の良さを知らなければ、一生腰痛に涙しながら1万円前後の敷布団を古い順に重ねて使い続けたことだろうと思う。これはドイツ旅行の賜物だったと言える。(;´▽`A``
5月疎遠だった弟から両親の法事をしようと思うと連絡を受け。久しぶりに再会。
ここでリフォームの刺激を受ける。
6月、リフォームの思いが募っていく。が、ブレーキを掛ける自分と格闘。
7月、リフォームはしなくても冷蔵庫は既に最後の力を振り絞っている。買換える時期は今年か来年か・・・。
8月、キッチンリフォームを決断。冷蔵庫購入。
9月、娘の帰国が決定。いよいよ私もババ様になるのかぁと思いはじめる。
10月、娘帰国、だが医師から長旅を禁じられ帰省ならず。
11月、中国からの爆買いと干支の縁起物が重なったため。運営するネット販売で忙殺。
12月、夫の会社の決算をまとめ税理士に渡して、大急ぎで東京へ、5日間滞在して帰宅。
もう飛行機には慣れたと感じる自分。でも東京の地下鉄はやはり苦手だ。あせあせ(飛び散る汗)

こうして振り返ると何とも気忙しい一年だった。
自分で招き選んだ気忙しさなのだが、新たな経験をいくつかした充実の年だったといえそうだ。




以前は「新年」と「目出度さ」が噛み合っていなかった。
「新年明けましておめでとうございます」はひとつの単語だと認識していたのだ。なんと馬鹿だったんだろう。

60を過ぎてから、当然ではないのだと感じられるようになった。
一年間を無事に過ごせたからめでたいのだ。
一年を無事に過ごせて、新しい年を迎えることは新たな希望の始まりなのだと思えるようになった。

歳を取ると今まで見えていなかったものが見えてくるようになる。
若い人より経験も有り、たくさんの事を知っているはずなのに、知識とは違うその真理が見えてくる。
これは面白い。なるほどなぁと思うことが増えるのは楽しい。


頂いた年賀状にバァバ(ご本人達の自称)の嬉しそうな暮らしぶりを書いているものが増えた。
これも幸せなのだなと思いつつ笑顔になる自分を発見。
私は孫を猫可愛がりする人の気持ちが分からないタイプの人間だ。(私はストレートな感情や情愛を自分の中から遠ざけようとする変な癖がある)
そんな私にも、その幸せが微笑ましいと思える時が来るとは思っても見なかった。
そのバァバ振り嬉しいかもねと肯定している自分を笑顔で見つめている自分がいる。


佳い年でありますように。
無事に一年を過ごせますように。




posted by win-manma at 23:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 暮らし