2017年05月30日

甲府ぶどう郷と信州安曇野の旅(1)

17年続けてきた設計事務所をたたんだ記念に旅行をすることにした。


丁度、娘婿さんの海外出張が13日から5日間ほどあり苦戦を強いられる。
一人では心もとないので来て欲しいという。

孫が出来ても夫は娘の家には行っていない。
お父さんが来ても家事が増えるだけで困るわ〜。申し訳ないわ〜。という。(笑)
夫はテニス仲間が孫の運動会だなんだと言ってはお休みするのがちょっと羨ましげなのだ。

丁度良い機会なので、夫と共に東京の娘の所に4泊することにした。

会社をたたむ準備と平行して、旅の計画を立てた。

夫は私に従うから好きなようにすればいいよと言う。

車で東京まで行こうか?と言うと。
うん! 俺が運転して行くから大丈夫だと。

夢は膨らむ。

東京までの長い道のり、気に入ったところ、行って見たいと思っていた所、もう一度行きたいところ。
それらを点点としながらノンビリ行こうと思い、計画を進めた。

ひと月前からなら宿も安くていいのがたくさん有る。
私は運転ができないのでなるべく夫の負担にならないよう配慮しつつ、かといって旅費は惜しみつつ、
ルートを探った。

一日目姫路で一泊、二日目は甲府で一泊、三日めに東京に入り四泊、七日目信州安曇野で一泊、
福井の海岸からアルプスを臨み、京都付近で泊まり、鳥取県の足立美術館にというコース。
宿はネットで簡単に予約できる。
良い宿、空き部屋はドンドン埋まっていくのでとりあえず予約だけはしておく。

しかし

甲府から東京に入るドライブのシュミレーションで
これは無理だなと思った。
高速道路の○号線から△号線へ、それから分岐が続きます。一旦高速道路を出て、▲号線へ・・・
初めての都会の道路で出口を間違えば、、、。
道を間違うとナビは変な指示を出す。ナビに頼りっぱなしは喧嘩の元。

夫がパニックになり、迷子になり、切れる。(;`O´)oコラー!


結局、JRで行くことにした。(笑)
計画はやり直しだ。



つづく



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2017年05月29日

備忘録 2 「菅仲」

声に暗さがない。
素直で明るいということは、思考と生活に屈折がないということで、
実は人としての器としては大成しない。

宮城谷 昌光 著 「菅仲」より



先月読んだ宮城谷氏の本
内容(「BOOK」データベースより)
「管鮑の交わり」で知られる春秋時代の宰相・管仲と鮑叔。二人は若き日に周の都で出会い、互いの異なる性格を認め、共に商いや各国遊学の旅をしつつ絆を深めていく。やがて鮑叔は生国の斉に戻り、不運が続き恋人とも裂かれた管仲を斉に招く―。理想の宰相として名高い管仲の無名時代と周囲の人々を生き生きと描く。


「素直で明るいということは、思考と生活に屈折がない」このような人物が理想的だと思ってきたが、否定されてしまった。

鮑叔は明るく素直で精神に屈託がなく爽やか。
苦難にあっても素直で真っ直ぐな精神性を貫き、己の信ずる道を進み己が信じた管仲を敬い管仲に道を譲った。
鮑叔こそ屈折のない生き様を示していると思うのだが、この捉え方では読めていないということなのだろうか。

私には大成し名声を得た管仲よりも鮑叔のほうが人としての器は大きいと思えるのだが・・・。
素直なお育ちだから宰相として大成しなかったといいたのだろうか。
管仲は苦労が多く挫折や困難が多かった。だから大成したのだと?

そんな単純なことは書かれないはずだ。
苦労が多く、困難や挫折や苦しみが人を大きくするというのは分かるような気がするが、はたして土台が素直でおおらかでない人が大成するだろうか。

この小説「菅仲」において主人公菅仲は鮑叔より見劣りがするなと私は思った。

これは好みの問題だけではいように思うのだが・・・。



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2017年05月26日

財布が落ちてた!

一週間分の食品を買出しに行った先でのこと。

レジを済ませ、出口に向かっていたら歩く先に財布が落ちている。


ヴィトンのエナメルの赤い長財布。厚みが3cmほどある立派な財布。


思わず!コワいと思ってしまった。アッ!(゚ρ゚;


そして、直ぐにレジのおばさんに大声で
「おねえさん!! 財布が落ちてるわあせあせ(飛び散る汗)」と言ってしまった。


私より若そうな人におばさんとは言えない、ちょっとちょっと言うのも失礼かと思い、
大奮発のサービス精神で「おねえさん!」と言ってみた。(笑)


お姉さんも動転している。ヽ(*'0'*)ツ ワァオォ!!

それ程立派な財布なのだ。ひらめき


買い物を済ませて車に乗り込もうとしている人がいたので、もしかしてと思ったが違ったようだった。


さすが、おねえさん。
この財布落としていませんか?とは聞かなかった。
財布落としていませんかと聞いていた。

「あっ!ありがとうございます。」とすました顔して受取られたら確認のしようがない。

私ならうっかり「これ落としてません?」なんて聞いちゃいそうだ。ふらふら




私は拾い上げる勇気もなかった。(・・;)

レジのお姉さんに下駄を預けてさっさと帰ってきたが、
車に乗って帰る途中で、ふと思った。
私が警察に届ければ、お礼の1割は私のものだったのか?と。


夫に、あの財布はヴィトンのヴェルニだから8万とか10万とかするんだよ。exclamationと言ったのだが、夫は「ふーん」と無関心。




あー、、、、私はやはり小心者の善人だ。たらーっ(汗)



あの財布、厚かったな。(笑)

友人に話したら、「中身はきっとレシートよ」と笑っていた。




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2017年05月25日

私もお受験なんて興味なかったのよ

先日娘が、1歳の孫を見ながらお受験なんてイヤだワーと言っていた。

幼児教育=お受験

娘が生まれた時代、30数年前もそうだった。


有名私立小学校に入らせたいと願う親の希望に応えてくれるのが幼児用のお受験塾。
というのが常識になっている。


娘はおしゃべりが早かった、目を輝かせておしゃべりを楽しみ、絵本を読んでくれと持ってきて読むと喜び自分も声に出して読む真似をするような子だった。

その様子が可愛く、また頭をフル回転して言葉を飲み込もうとしている姿にただならぬ気迫を感じ、親子で言葉ゲームやおしゃべりや童謡を歌って活発にすごした。

これは何?あれは何?の頃には面倒がらずに丁寧に教えた。
娘はドンドン言葉を吸収していった。
こちらも工夫を凝らした。難しい言葉には抑揚をつけた。
例えば住所、名前、親の名前、電話番号、をリズムカルに歌うように教えると、スラスラと言える。

名詞、形容詞、接続詞、動詞など言葉の種類に気をつけながら教えた。

漢字をイラスト風に絵にして書いて壁に貼っておくと、これは?と聞いてくる。
教えてやると漢字が読めるようになる。ひらがなはイラストにならないので面白くないらしく覚えなかった。



6月生まれの娘は3歳と10ヶ月で年少組に入った。
担任の先生は50代のベテラン。
アメリカにモンテッソーリ教育を学ぶ為に留学し、帰国したばかりだと仰った。
私のやり方を聞いて、モンッテソーリが合ってるお子さんですね。と仰る。
私もその教育をやってもらいたいと思った。

知的刺激を求めるタイプの子供は常に喉の渇きを訴えるように、頭の渇きを訴える。
常に次に出来ることへの挑戦をしたがる。
だから次に次に何か与えてやらなければと親は思うのだった。
出来ないことへの挑戦がたまらなく楽しい。出来た時の達成感が嬉しい。
そんな子供を見ていると、何の疑いもなく一緒に楽しんでしまう。

それを今度はカリキュラムにそった教育という概念に基いて指導をしてくださる。

願ってもないことだと思った。


娘達のクラスからは誰も私立小学校を希望する人はいなかったが、次の年のクラスからは私立小学校に入る子が出てきた。
そこではじめて有名私立に入るのに都合のいい教育なんだと知った。(笑)


子供が求める知的欲求に応えるため健やかな成長の為にあるのではなく、受験用にあるというのは本末転倒だろう。


このような難しいタイプの幼児教育を楽しまない子に無理やり押し付けるのは成長を阻害する気がする。



幼児期は楽しく暮らしながら成長するんだし、そもそも幼児を教育するなんて捉え方はおかしいのではないか?


環境を与えて、それに乗ってくるならその子にとって合っているのだし、楽しめないなら合わないと判断して別の環境を与えてやらないとかわいそうだ。
そのほうがその子の成長にとって良い結果を出すと思うのだが・・・。




先日テレビで優れていると思われる能力の子供の個性を尊重した教え方をする学校を紹介していた。

その小学校は知識ややり方を教え込むのではなく、能力を引き出し伸びるようにというスタンスに立っていた。



知識欲が強く、積極的に学びたがる子はちょっと異質で、普通の小学校や中学校では浮いてしまう存在になりやすい。
教師がうまく全体に溶け込ませてくれたり、程好く目を掛けて伸ばしてくれるとありがたいが、教師の腕が劣ると潰されてしまう結果になりかねない。
能力があるから伸ばしてみたいと教師が思っても、他の子から見るとエコヒイキに見えるらしく。
クレーム処理に困った様子の先生のご苦労を見ると申し訳なくなる。



そんなちょっと浮いてしまうような子にとってテレビで紹介していた私立の小学校は魅力的だと思ったが、
年間60万円の授業料と設備費が掛かると知り、庶民にはむつかしいなぁと感じた。




娘の時はモンテッソーリに始まって、公立の小学校、中学校と進んだが、
受験勉強としてではなく、知的刺激を与えてやりたいと思い5年生の時私立中学校受験の為の塾に通わせた。
娘は公立の小学校では絶対に与えられない難しい問題をもらって喜々として通っていた。
全国で何番なんて成績にも喜んでいた。
私立に行かせるつもりはなかったので、六年生の時皆さんの邪魔になることを考えて退塾させた。

中学校では3年生の時、突然難関私立高校に受験したいと言い出したのでそれ用の塾の難関コースに通った。
そこでも全国で何番とはっきり出される成績が面白くて親子してがんばった。


経済的に裕福ではなかった我が家でもなんとか知的欲求を叶えてやりたいものだと考え、お受験の為の塾や教育を利用させてもらってた。


世の中には子供をエリートにするための早期教育や英才教育塾が数多有る。
その中で親の思惑など意に介さず
ゆうゆうと泳いでいる素晴らしいお子供を見て、いいなぁあの子きっとイイ脳みそ持ってるんだろうなと思ったりした。
子供の能力というのは自然と伸びるものなのであり、無理やり伸ばすものではない。

お受験でレールに乗せるつもりなど全くなかったが、能力を潰しては申し訳ないと思ってきた。


この程度の単発的な教育費でも我が家にとってはたいへんな負担だった。
もっと裕福な家庭だったらきっとこの子は水を得た魚になるんだろうなと思ったこともあったが、

そんなことは思っても仕方ないこと。
与えられた環境で精一杯にやるしかないのだ。


お受験でたとえ有名な私立小学校や中学校に入れても、その子に合わなければ能力潰すことになる。
しかし、公立の小中学校に行って能力を潰されることも多いのが現実だ。
公立の学校は普通の標準のレベルの教育をするところなのだから。
子供の能力に合わせてくれたりはしない。

経験から見ると、公立の小中学校は、上に出る子は頭を金槌で叩いて平均レベルに落とし、下に落ちる子は無理やり引っ張り上げるような事をする。

一兵卒を育てる為の教育をするんだなぁと何度も感じた。
公立の小中学校ではエリートなど育てる必要は無い。

突撃ラッパが鳴ったら一斉に敵に突っ込む兵隊を育てているんだ。
下手に賢かったり、上に反発するような子は困る。

逆らわず有無を言わず、命令に従う人間を育てなければならないのだろう。


エリートと一平卒。




エリートになってもらわなきゃとお受験に情熱を注ぐ人たちの気持ちが今なら私にも分かるのである。




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2017年05月24日

備忘録 山本周五郎著 虚空遍歴より

死ぬことはこの世から消えてなくなることではなく、その人間が生きていた、という事実を証明するものだ。死は人間の一生にしめ括りをつけ、その生涯を完成させるものだ、消滅ではなく完成だ

虚空遍歴より


そうか!
消滅するだけだと思っていたが、そんな簡単で単純なものじゃないよな。

今は亡き我が両親や祖父母の存在の証は彼等を知る者の記憶の中にしかなく、いずれは忘れ去れるのが人間だと思ってきた。
が、
自分自身の死を見つめる時、私はこの世から居なくなるんだ。みんなバイバイねという心境では逝けない。
私の人生、これで御仕舞い。と納得しなきゃいけない。


この虚空遍歴を私はまだ読んでいない。
宮本輝氏の「命の器」の作中に出てきたので忘れずにいたいと思いここにメモした。

読もう。



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2017年05月23日

会社を閉じた。17年もよくもったもんだ。

17年前
夫が自分で設計事務所を作って独立しようかと思うと言った。

一人では色々大変なので、後輩に声を掛けて一緒にするつもりだと言う。

私は反対する気にはならなかった。

私は複式簿記の知識が多少あり、経理ができる。
手伝えると思った。

夫53歳、私47歳。
このまま10数人の設計事務所に勤めていても将来が不安だ。
定年まで7年、まだ子供は高校1年生だった。


気の合う仲間と楽しく仕事ができたら、きっと今よりはいいだろうと思った。
その考えが甘かった。
一緒に始めた後輩が、開業してすぐに3年後は俺が代表取締役になるんだと勝手に言い出した。

そして態度だけ社長のように振舞うようになった。




事務所の中は不穏なムードになっていった。

始めのうちは夫の専門部門の収入でなんとかなっていたが、何時までたっても収支などお構い無しにアルバイトやパートを雇い、仕事をすればするだけ赤字を出され、国の制度融資をうけるしか資金繰りがままならなくなった。
面倒なキャッシュフロー、銀行交渉はこちらに投げたまま。

お山の大将になりたいだけでは社長業は務まらない。
結局、その人には出て行ってもらった。


気の合う仲間なんかじゃなかった。御人好しの夫は人を見る目が無かったのだと思ったが、煮え湯を飲まされた日々だった。


借りたお金は返さねばならない、手計算手書きの仕事がパソコンに移行する時期で設備投資、専門技術のソフトにもお金が掛かった。
銀行に返済する為には仕事を続けるしかない。
いつ資金ショートするかと資金繰り表を睨み続けていた。(;'o')m タスケテ・・!!

まさに自転車操業。



17年自転車を漕ぎ続けてようやく借金を完済し、
倒産することなく終わりの時を迎えられたことは喜ばしいことだ。


甘かったな。私。
他人の思惑なんて疑うことなく、人は誰でも善意なのだと思っていた。
お嬢さんだわ。
食べる物がなければクッキーを食べればいいのよ。
と言ったとか言わなかったとかいわれるマリーアントワネット並みの世間知らず。
馬鹿だったわ。


でも、人を頭からは信じられなくなった今の自分の顔は決して好(い)いとは思えない。
険しい顔付がイヤだな〜。と思う。




これから私達の本当の老後が始まる。
夫70歳、私64歳、年金暮らしは厳しいらしい。
借金を抱えていたくらいだから貯えはほとんど無い。
馬鹿だったな。(笑)


馬鹿だったなと笑える自分は好きである。
根っ子が明るいというのは幸せの要素だ。



大病もせず、子供はなんとか立派に育ち、孫が可愛くて、
仕事から解放されて気楽になったから、これからはきっと優しい顔つきになるだろうと楽しみにしている。


先週、新生活に入った記念に夫婦で旅をした。
新婚旅行以来の長旅。
信州安曇野、甲府、東京。

毎日1万歩 歩いてクタクタになって夜は良く寝るようになった。


穂高神社に健康長寿 道祖神が有る。
日本一大きいステンレス製の夫婦道祖神。2013年に長野県が日本一の長寿県となった記念に作られました。手を触れて、家族の健康長寿を祈念します。

触ると御利益があると書いてあり、夫は神妙な顔をして拝んでいた。

あーこの人は夫婦で老境に至る事を願っているんだなぁ、私と楽しく暮らしてゆきたい思っているんだなと感じられてありがたかった。



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posted by win-manma at 21:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 暮らし