2018年10月26日

心の骨

宮本輝著「焚火の終わり」

なんとも後味の悪い小説だった。
なんだかイヤらしくて食傷気味、読まなきゃよかった。

宮本氏の小説は金持ち趣味の食べ物や高級な調度品が好きで、
たくさん読んで来たのだが今回のこの小説は非常に不味かった。

父親が誰なのかが謎の娘と、あの娘とお前は異母兄妹だと教えられて育ったその兄の恋愛を軸にアブノーマルなセックスが織成す物語。

セックス描写がしつこくて、これってエロ本?と途中から放り出したくなりつつ、宮本輝だから下品に終わらないだろうと希望を持って読み進めたが、途中からホモまで加わって結局エロ本だわこれ。となった。

価値観としてエロスやホモセクシャルや近親相姦についてこれまで深く考えたことはない。
エロティシズムを掘り下げると、こういう小説が出来上がるのかねぇ。なんだか釈然としないわと思った。
エロティシズムというのはもっと深みのある美しい芸術的なものじゃないのか?
こんなに上っ面な設定の小説にエロティシズムを持ち込み、美しく仕上げるというのが土台無理なはなしでしょう。


私が凄く気持ち悪いと感じたのはエロではなく、二人の男女の人間性の深さに対してだったように思う。


表面にキレイな皮を被っただけの人間のエロをこれでもこれでもかと文章ででも見せられたら、そりゃ気持ち悪いわよ。

善人としての価値基準を持っているこの兄妹だが、
人を評価する価値判断の目が澄んでいたとしてもアブノーマルなセックス趣味や近親相姦を纏わせても尚清く美しい姿を浮かび上がらせることは難しい。それは無理だ。
尚も美しく清らかであるには凛とした精神性が、もっと強い筋の通った土性骨(どしょうぽね)が、そんなものがなければね。
人間は土台がシッカリしてなきゃいくら美しげに装っても頼りないんだと思うよ。姿は内面を映し出す鏡だから。

宮本作品に登場する若き主人公の男性の多くがこの骨を持っていないんだなと今回気付いた。




私は人間性としての骨のない奴が嫌いなのだ。

人間性としての骨。
これはなかなか難しい。

頑固とも違う、意地とも違う、心(芯or真)を真直ぐに貫く価値基準を持っている人。とでも言えばいいのだろうか。




私が子育てで一番最後まで課題としたのがこの骨だったなと今思う。

口で教えてどうにかなるものではない。
日々の暮らしの中で子供の中にある心の骨を導き出す作業は、子供の中に骨を見つけ出すことにあると思う。

それを見出したとき、ニッコリ微笑むと子供がそれに気づく。
そうやって骨はガッシリしたものになる。

それを繰返すことで、子供の内面にシッカリした考え方や人間性の骨組みが出来てゆく。



今、私は孫に心の骨を見出している。

孫はなかなかしぶとい骨を持っていそうだ。(笑)
婆馬鹿?σ(^_^;)アセアセ...




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posted by win-manma at 21:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 暮らし