髪がのびて美容院に行かなきゃ、ヽ`アセ(;~▼~;)アセ、ヽ`
と思うが、寒かったり気が乗らなかったりで数ヶ月。
行きつけの美容院は腕が良から3〜5ヶ月行かなくても格好良さが保てる。
しかし、さすがに半年も行かないと「落ち武者」か?となる。
少し暖かくなったので、ようやく重い腰を上げた。
店長さんmale(オーナー)は娘と同年代アラフォーだ。
子供さんは?と聞くと小学四年生だと教えてくれた。
ついこの間聞いたときは幼稚園の年長さんだと言っていたような気がしたがもう10歳にもなっていた。
私
「今が一番イイころね。もうすぐ反抗期になるね。」
店長
「反抗期ってどう対処したらいいんですかね。」「反抗期のない子も増えてるらしいですよ」
私
「うちの子も親にはほとんど反抗しなかったわ。一人っ子だから親だけど友達っぽい会話も多いしね。一人っ子って家ではずっと大人としゃべってるからね」
店長
「うちも一人っ子だからそんな感じですね」
私
「息子さん、読書する?」
店長
「マンガが多いですけど、活字も読んでますね。」
「自分は全く読まなかったけど、大人になって読むようになりましたね」
「manmaさんはどんなの読むんですか?」
私
「私は固い本が多いよ」「今、司馬遼太郎読んでる」
「若いころに読んでおきなさいよと言える本は『竜馬がゆく』よね」
「あれは若いころに読むと人生観が刺激されるもん」
店長
「僕、竜馬は途中で投げてます。長いんですもん」
私
「後半で西郷とか出てくるとまた面白くなるよ。大政奉還とか薩長同盟とか」
店長
「中だるみなんだ、それで投げちゃった。」
私
「本を読む子はいろいろな価値観を吸収するから友達だけに影響されることが少ないよね」
「親子で知的情報の交換もできるし、これ面白かったよって教えてくれたり教えたりすれば、何に興味を持っていてどう感じているのかとかも分かる。」
店長
「そうですね(゚▽゚*)ニパッ♪」
「高杉晋作読みました?」「読んでみたいなと思って」
私
「葉室 麟の高杉読んでもの足りなくて、司馬遼太郎の高杉で読み直したわ」「やっぱり深みが違った。司馬遼太郎は人物の本質を掴んでるからね。納得したわ(笑)」
店長
「店をどの方向に持っていこうかと考えてるんですけど、幕末の人って行動力すごいですよね」
私
「あの時代の人って命が軽いよね。思いの丈で生きてる」「若いからこそできる」
「あんな男に惚れたら女はたいへんよ(笑)」
若い店長とこんな話ししたの初めてだったけど、楽しかった。
アラフォーか、店を構えて一人でやっていける限界も見えてきて、これからなんだね。
勝負にかけるんじゃなくて、堅実に確かな経営にすすめてほしいものだと思うわ。
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2019年02月25日
2019年02月07日
エネルギーの放出
エネルギーの放出?なんのこっちゃ?
年を取ると夜中に目が覚めてそのまま眠れなかったり、寝付きが悪くて朝方まで浅い眠りを繰り返すことがよくある。
先日ふと気付いた
習字を書いた日はよく眠れていると。
昨年、習字教室の先生が手術のために一ヶ月教室を閉められた。
その時私はショックを受けた。
練習嫌いでちっとも真面目に勉強をしない私を叱りもせず、気長に見守ってくれることに甘えてダラダラと過ごしてしまっていることを反省した。
先生は80歳になられた。いつ習字教室は辞めることにしたわと仰っても不思議じゃない。
先生はお忙しいのだ、理事会の運営や書道展の審査員、中国との交流など文化振興のお役目だけでも大忙し、
初心者の育成など弟子(師範)に委ねて当然なのに、自ら指導に当たって飛び回っておられる。
お蔭で練習嫌いの私でも、師範の手前の師範格にまで進めた。
ここで辞めたくはないという欲が出てきた。先生の手術が私のやる気に火を付けた。
私は先生に宣言した。師範になるまでご指導ください。いや師範から先の道も引っ張って下さいと。
書にしても、絵画にしても、優劣の根本はエネルギーの放出だと近頃感じる。
静かな書画であっても薄い色合いのものであっても、エネルギーがほとばしる作品に人は惹きつけられる。
エネルギッシュである必要はない。
静かで上品である中にも満つるエネルギーがある。それを人は美しいと感じるのだなと思う。
今、師範試験に向けて条幅(掛軸の大きさ)の字を書いている。
真剣に筆先に神経を集中させ、呼吸で書いてゆく。
筆先から私のエネルギーが放出される。ようやく書くことが楽しくなってきた。
師範に近づいてようやく習字から書道に入ったなという実感が持てるようになった。
美しいと感じられるほどの「書」が書けるようになるのは何年何十年先だろう。(笑)
エネルギーを放出するとよく眠れる。
書かないと寝付きが悪い。こうなると仏教でいうところの業か? (゚∇゚ ;)エッ!?
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年を取ると夜中に目が覚めてそのまま眠れなかったり、寝付きが悪くて朝方まで浅い眠りを繰り返すことがよくある。
先日ふと気付いた
習字を書いた日はよく眠れていると。
昨年、習字教室の先生が手術のために一ヶ月教室を閉められた。
その時私はショックを受けた。
練習嫌いでちっとも真面目に勉強をしない私を叱りもせず、気長に見守ってくれることに甘えてダラダラと過ごしてしまっていることを反省した。
先生は80歳になられた。いつ習字教室は辞めることにしたわと仰っても不思議じゃない。
先生はお忙しいのだ、理事会の運営や書道展の審査員、中国との交流など文化振興のお役目だけでも大忙し、
初心者の育成など弟子(師範)に委ねて当然なのに、自ら指導に当たって飛び回っておられる。
お蔭で練習嫌いの私でも、師範の手前の師範格にまで進めた。
ここで辞めたくはないという欲が出てきた。先生の手術が私のやる気に火を付けた。
私は先生に宣言した。師範になるまでご指導ください。いや師範から先の道も引っ張って下さいと。
書にしても、絵画にしても、優劣の根本はエネルギーの放出だと近頃感じる。
静かな書画であっても薄い色合いのものであっても、エネルギーがほとばしる作品に人は惹きつけられる。
エネルギッシュである必要はない。
静かで上品である中にも満つるエネルギーがある。それを人は美しいと感じるのだなと思う。
今、師範試験に向けて条幅(掛軸の大きさ)の字を書いている。
真剣に筆先に神経を集中させ、呼吸で書いてゆく。
筆先から私のエネルギーが放出される。ようやく書くことが楽しくなってきた。
師範に近づいてようやく習字から書道に入ったなという実感が持てるようになった。
美しいと感じられるほどの「書」が書けるようになるのは何年何十年先だろう。(笑)
エネルギーを放出するとよく眠れる。
書かないと寝付きが悪い。こうなると仏教でいうところの業か? (゚∇゚ ;)エッ!?
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