2020年04月30日

グリーフ(死別の悲しみ)

友人が夫を急に失い深い悲しみに苛まれている。

病状を聞いていて相当に悪そうだとは思っていたが、まさか入院10日後にいってしまわれるとは思わなかった。
病院嫌いで医者に掛かろうとしてくれないと友人はこぼしていた。
食事もほとんど要らないと言う。我儘を通す人だからと付き添っている妻としては歯痒いけどうしようもないのよ、子供なら叱りつけて抱えて連れて行くのにねと言っていた。

強い意志を持ったご主人だなと日頃から感じていた。
きっと死期を感じておられて、なお医療に頼らず静かに命を終わらせる覚悟を決めていらっしゃったのではないかと思った。
亡くなったと聞いた時、この死にようはご主人の意思じゃない?と友人に言うと、息子ともお父さんらしい死に方だったねと話したと言っていた。

その友人が今深い悲しみから自律神経を狂わせている。
眠れない、食べられない、味覚臭覚が無い、寒い、血圧が乱上下する、脈拍が乱れる、集中できないなどの症状が出て日常生活に戻れなくなっている。

掛かりつけ医師に相談したら自律神経失調症だと言われ抗うつ薬が処方され、多少楽になったけれどまだまだね。と言っている。


こんなにも大きなダメージを受けた人を今まで見たことがなかった。

姑は舅が亡くなった時舅が迎えにきそうだと言って怖がり常軌を逸していた、が体の不調は訴えなかった。

母は心細げな半面意地を張るようなことを言っていたが毎日私の家に来て寂しさを紛らわし、孫と話して普通に暮らしていけそうに見えのに、一年もたたない間に癌が急激に進行してさっさとあの世に行ってしまった。

伴侶の死は残された物にこれほどに大きな衝撃を与えるものなのだと改めて思わされた。

友人は言う、誰もが通った道なんだと姉からも言われる、シッカリしなきゃ私どうしたの?と思う。でも体がついてこないと。

こういう人は意外に多いらしい、ネットで検索したところ国立がんセンター中央病院「家族ケア外来」の加藤雅志医師の記事がヒットした。

記事によると
数日〜数週間 強い衝撃「まさか、そんな」
数週〜数ヶ月 不眠 食欲不振 疲労感など
数ヶ月〜数年 楽しかったことが思い出せるように 生きがいや役割の再発見など

だいたいこのような経過をたどるらしく出口がないわけではないことが分かって少し安心した。

10歳も年上の厳しいシッカリした男性とお見合いし、お母さんに「馬には乗ってみよ人には添うてみよ」というよと言われて長崎から嫁いで50年、俺が明日死ぬと言われたらと聞かれ「あなたが死ぬ前の日私は死にます」と言っていたと笑って話してくれた。

それほどに信じ頼っていたのだと私は驚いた。幸せな結婚生活だったんと思う。

愛だなぁと思う。




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2020年04月13日

給付金頼み

コロナで緊急事態に陥ってしまっている。

国や地方自治体が色々な給付を打ち出しているがマスコミは手ぬるいと言っている。

私も手ぬるいと思っている。
こんな給付を頼っていては生き抜けない事態になっているんじゃないかと感じている。
多くの人の収入の道が閉ざされようとしている。
人が動き、物やサービスを消費することでお金が世の中を循環し社会が動いている。
その流れが止まれば血流が止まったと同じでそこから社会は壊死していってしまうことになる。
1ヶ月の外出自粛と言っているが、1ヶ月人が動かなければ息の根を止められる店や人がどれだけいるだろう。
これが2ヶ月となり3ヶ月となれば・・・。
じっと事態を見ているだけでなんの手立ても打たなければ、貯えが底をつけばお仕舞ということになる。
何らかの収入の道を探らなければならない事態になっていると私は思う。

もし1ヶ月でコロナが収束したとして、はたして元の賑わいがすぐに戻るのか。
コロナショックは相当なダメージを社会に与えている。
このダメージが長引くことも予想される。


太平洋戦争で命がけの戦いを強いられ、戦後の焼け野が原を生き抜いた我が両親や祖父母達はどうやってその苦境を乗り越えてきたのだろうと考えてしまう。

あの時は食べるものが無く、食糧調達に苦労したと聞いている。貨幣価値が暴落してお金は用を足さなかった。検疫の目をくぐって田舎の農家に行き着物やお宝を米や野菜に変えたと母が言っていた。

今回のコロナではこれほどの混乱はない食料はスーパーに行けば有る。
だが、収入が絶たれれば店に食料があっても買えない。家賃が払えなければ、ローンが払えなければ住む家を失う。

そんな苦境に立たされている人がどのくらいいるのか国はつかんでいるのだろうか。

たぶんつかんでいないのだろう。だから去年の収入と比べて半分に落ち込んだ人に給付金を出してやるよとか言っているのだ。半分とか3分の1とか言ってる暇はないのだ。
今お金がない。だから店をたたむしかない。家を追い出されようとしている。
そんな人に給付金欲しいなら去年の収入の証明書を添えて現在の収入の証明書を添えて申請書を出せとか言えるのだ。役所仕事とはなんと社会の流れをつかんでいない組織なのかと腹立たしくなる。

四の五の言わずに今はすぐに出す。

不正に受け取った人にはあとで2倍にして返してもらうよと言えばいいじゃないか。
もらって助かったらあとでちゃんと書類出すのよの言えばいいじゃないか。

給付の対象に当てはまるか否か微妙な人は証拠をちゃんと取っておくこと、日計表、支出、収入をきちんと揃えていれば役所は考慮してくれて親身になってくれる。役所とはそういうところだ。

順番を変えるという発想すら浮かばない石頭を相手に相談してもラチは明かない。
そんなのを頼りにしてちゃ生き残れない。

店を閉めて余った時間や仕事を休んで大幅に収入減になったら何かをして稼がなきゃならない、ネットでは手作りマスクが1枚2000円で売られたりしている。テレビではデリバリー配達のバイトを始めたという人を紹介していた。
こりゃ長期戦になるぞと本格的に仕事替えを検討している人もいるだろう。


たくましく生き残る。

愚痴ってる暇はない。


今こそ『頑張ろう日本だ!』





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2020年04月04日

コロナで皆混乱してますよね

隣町でコロナ患者が出た。

ネットやテレビの報道ではどこの誰とは言っていないが、町の噂は駆け巡り隣町の誰だれでどこの病院にかかりその病院は今閉まっていると人伝ての情報が入ってくる。

この罹患者、50代の女性で先月トルコから帰国して感染が判明した。
そんな理由では納得できない、この時期にトルコになんか行く???と誰もが言っている。
こうなるともう同情もされない、下手すると村八分状態だ。

皆ピリピリしている。
首相が緊急事態宣言をだすと大変なことになってトイレットペーペーがなくなるらしいとよ、昨日買ってきたわという人もいる。

東京に住む娘のところには保育園から5月6日までできれば登園を控えていただきたいという連絡が来たという。
さて困った。引き続き4歳の子と4月からは5ヶ月半の子供を預けて仕事復帰する手はずで動いていた。
この状況をどう受け止め対処したらいいのか・・・と悩んでいる様子。

当初、若者は感染しないと言われていたが若者の間でも感染は拡大している。
私の住む八幡西区でも大学の入学式の直前で10代の感染が見つかり入学式も取りやめ大学は入講が制限されている。

人々は何に混乱しているのか、
罹患するかもしれないという危機感よりも、行動が制限されることに苛立ち混乱し、社会生活の危機的な状況を不安に感じ、かつ理解できずにいるのではないかと私には映る。

政府や自治体は連休明けまで我慢してくださいと言っている。
連休明けまでという根拠は何なのよと国民は思う。その疑問に丁寧に分かり易く答えてくれる人がいない。
相手はコロナという化け物だ、予測を立てるのは難しい。政府や自治体はとりあえず連休明けと言っているのであって、その時になったら延長することは想像できることなのだが、人々はなかなかそうは思ってくれず、イライラを募らせるだけ。そうして混乱が生じる。

コロナは人の体に寄生して拡散を広げている。相手を殺してしまうと自分も消滅してしまうから人を殺してしまおうとは思ってはいない、人から人に渡り歩いて仲間を増やして巨大化しようとしている。それを食い止めるには人から人に移らせないことで増殖を阻止するしか今は手がない。だから人間側は人と人の接触を避けて増殖を抑え込もうとしている。

罹患した人を手厚く手当てしているから日本は死亡率が低く抑えられている。
この体制を維持するためには医療体制を守る必要がある。医療体制のキャパを超える患者数になると日本でも海外のように多くの患者を見捨てざるを得ない状況になる。そうはさせまいと国も自治体も必死に手はずを整えようとしている。
人はあれもこれも完ぺきに対処することはできない。当然優先順位を設けて事に当たる。それで連休明けまで自粛してくださいという大雑把な物言いになっているのではないかと私は好意的に見ている。もしゆとりがあるなら丁寧に説明するなりしてもらうと混乱は幾分静まるのではないかと思うのだが。


マスクを二枚各家庭に配るということを聞いて、安倍さんどうしたの?と耳を疑った。
このところ安倍さんの歯切れが悪い。
どうしていいのか分からないという雰囲気が見え隠れする。
得意分野ではないのかもしれないが、色々な人がいってくることをいちいち受け入れていたらどこかで躓くことになる。
首相としてやるべきことは取捨選択を誤らないことだ。
心を真っ白にして、この国難の中で命を落とす人を一人でも救う手立ての提言を掬い上げなければならない。自らの内なる力と魂を信じて指揮しなければならないのだ。
もし安倍さんの目が曇っていたらマスク配布のように業者の利権のからむ提言を恥じることなく述べる馬鹿さをさらすことになる。

国を挙げて一丸となって化け物コロナと戦う時なのに、そのことどこまで分かっているのだろうかと思われたらお仕舞だよ。


posted by win-manma at 14:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 暮らし

2020年04月02日

枕難民

パソコンに頼った仕事続けて20年が経つ。

最初はWindows3.1、私はまだ40代前半だった。
これで仕事がくるほど世の中にPCは浸透していなかった。
その頃のPCは動きも悪く値の張るオモチャだったなと思う。

次にWindows95に乗り換えた。
これで内職ができないだろうかと思いPCは必需品だしと考えて奮発したのだった。
仕事を回してくれる人がいてその人に教わりながら少し力をつけた。
が、この人教えてくれるのはありがたいが内職をしてもお金をなかなか払ってくれない人だった。

夫が会社を始めてWindows98を数台買った。
このころになるとPCがなくては仕事にならない時代になっていった。
又、ノートパソコンも必要になりMEを持っていた。

次がWindowsXP。
次がWindows7
そして今のWindows10

こうして並べてみると私はほんとうにPCが手放せなかったことがよくわかる。
その間腱鞘炎には常に悩まされた、五十肩でつらい思いも二回した。
60歳を過ぎると肩こりを自覚できなくなった。
背中が曲がっていると夫に注意されたことも度々。
肩甲骨が固まっていると整骨院で言われた。

常に顎が前に出ている。PCの前にいる姿勢で固まっている。

そしてとうとう眠れなくなった。

枕の高さが合っていないと睡眠に支障が出ると聞き、バスタオルを折りたたんで枕にしてみた。
ちょっと高さが足りないと感じ、子供用のテンピュールを足してみた。
座布団を使ってみたりもした。
色々やってみるがやはり寝が浅い。

キーボードを叩くと腕に痺れが出るようになり、首凝りだと分かった。


よし、枕のセミオーダーというのに頼ってみようという気になった。

毎年娘が誕生日にプレゼントをくれる。今年はこれをリクエストした。

幸いなことに近くにその専門店がある。

9,800円+税〜25000+税。
9800円+税で調整してもらった。

なかなかイイ感じ。(*^^*)

夜中に何度か目が覚めることに変わりはないが、そのあとウトウトするばかりで眠れないということがなくなった。


今日67歳になった。
そろそろPCとの繋がりを遠ざける時期がきているよなと思う。
体が悲鳴を上げているのが分かる。


体を労わってあげなきゃ・・・。次の10年を元気に健康で生きるために。



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posted by win-manma at 16:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 暮らし