2017年05月23日

会社を閉じた。17年もよくもったもんだ。

17年前
夫が自分で設計事務所を作って独立しようかと思うと言った。

一人では色々大変なので、後輩に声を掛けて一緒にするつもりだと言う。

私は反対する気にはならなかった。

私は複式簿記の知識が多少あり、経理ができる。
手伝えると思った。

夫53歳、私47歳。
このまま10数人の設計事務所に勤めていても将来が不安だ。
定年まで7年、まだ子供は高校1年生だった。


気の合う仲間と楽しく仕事ができたら、きっと今よりはいいだろうと思った。
その考えが甘かった。
一緒に始めた後輩が、開業してすぐに3年後は俺が代表取締役になるんだと勝手に言い出した。

そして態度だけ社長のように振舞うようになった。




事務所の中は不穏なムードになっていった。

始めのうちは夫の専門部門の収入でなんとかなっていたが、何時までたっても収支などお構い無しにアルバイトやパートを雇い、仕事をすればするだけ赤字を出され、国の制度融資をうけるしか資金繰りがままならなくなった。
面倒なキャッシュフロー、銀行交渉はこちらに投げたまま。

お山の大将になりたいだけでは社長業は務まらない。
結局、その人には出て行ってもらった。


気の合う仲間なんかじゃなかった。御人好しの夫は人を見る目が無かったのだと思ったが、煮え湯を飲まされた日々だった。


借りたお金は返さねばならない、手計算手書きの仕事がパソコンに移行する時期で設備投資、専門技術のソフトにもお金が掛かった。
銀行に返済する為には仕事を続けるしかない。
いつ資金ショートするかと資金繰り表を睨み続けていた。(;'o')m タスケテ・・!!

まさに自転車操業。



17年自転車を漕ぎ続けてようやく借金を完済し、
倒産することなく終わりの時を迎えられたことは喜ばしいことだ。


甘かったな。私。
他人の思惑なんて疑うことなく、人は誰でも善意なのだと思っていた。
お嬢さんだわ。
食べる物がなければクッキーを食べればいいのよ。
と言ったとか言わなかったとかいわれるマリーアントワネット並みの世間知らず。
馬鹿だったわ。


でも、人を頭からは信じられなくなった今の自分の顔は決して好(い)いとは思えない。
険しい顔付がイヤだな〜。と思う。




これから私達の本当の老後が始まる。
夫70歳、私64歳、年金暮らしは厳しいらしい。
借金を抱えていたくらいだから貯えはほとんど無い。
馬鹿だったな。(笑)


馬鹿だったなと笑える自分は好きである。
根っ子が明るいというのは幸せの要素だ。



大病もせず、子供はなんとか立派に育ち、孫が可愛くて、
仕事から解放されて気楽になったから、これからはきっと優しい顔つきになるだろうと楽しみにしている。


先週、新生活に入った記念に夫婦で旅をした。
新婚旅行以来の長旅。
信州安曇野、甲府、東京。

毎日1万歩 歩いてクタクタになって夜は良く寝るようになった。


穂高神社に健康長寿 道祖神が有る。
日本一大きいステンレス製の夫婦道祖神。2013年に長野県が日本一の長寿県となった記念に作られました。手を触れて、家族の健康長寿を祈念します。

触ると御利益があると書いてあり、夫は神妙な顔をして拝んでいた。

あーこの人は夫婦で老境に至る事を願っているんだなぁ、私と楽しく暮らしてゆきたい思っているんだなと感じられてありがたかった。



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posted by win-manma at 21:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 暮らし
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