2017年05月29日

備忘録 2 「菅仲」

声に暗さがない。
素直で明るいということは、思考と生活に屈折がないということで、
実は人としての器としては大成しない。

宮城谷 昌光 著 「菅仲」より



先月読んだ宮城谷氏の本
内容(「BOOK」データベースより)
「管鮑の交わり」で知られる春秋時代の宰相・管仲と鮑叔。二人は若き日に周の都で出会い、互いの異なる性格を認め、共に商いや各国遊学の旅をしつつ絆を深めていく。やがて鮑叔は生国の斉に戻り、不運が続き恋人とも裂かれた管仲を斉に招く―。理想の宰相として名高い管仲の無名時代と周囲の人々を生き生きと描く。


「素直で明るいということは、思考と生活に屈折がない」このような人物が理想的だと思ってきたが、否定されてしまった。

鮑叔は明るく素直で精神に屈託がなく爽やか。
苦難にあっても素直で真っ直ぐな精神性を貫き、己の信ずる道を進み己が信じた管仲を敬い管仲に道を譲った。
鮑叔こそ屈折のない生き様を示していると思うのだが、この捉え方では読めていないということなのだろうか。

私には大成し名声を得た管仲よりも鮑叔のほうが人としての器は大きいと思えるのだが・・・。
素直なお育ちだから宰相として大成しなかったといいたのだろうか。
管仲は苦労が多く挫折や困難が多かった。だから大成したのだと?

そんな単純なことは書かれないはずだ。
苦労が多く、困難や挫折や苦しみが人を大きくするというのは分かるような気がするが、はたして土台が素直でおおらかでない人が大成するだろうか。

この小説「菅仲」において主人公菅仲は鮑叔より見劣りがするなと私は思った。

これは好みの問題だけではいように思うのだが・・・。



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posted by win-manma at 21:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 備忘録
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