2018年11月06日

優しさに付(つけ)入る悪意

古い友人が体調を壊して入院していたと聞き、会って詳しく話しを聞いた。

退院直後に会った時は随分萎れていて覇気が無いことに気付いた。

若い頃から気の強いタイプで、間違った事にしっかり向き合えるしっかり者だった。



その彼女の友人が占いに凝っていて、
姓名判断や誕生日からその人の憑物を見ることが出来る占い師を信じているらしく、私の友人の憑物を見てもらったのだそうだ。

結果、5人の霊が憑いていてそのうちの二人の質(たち)が悪いからその家には近付くなと言われた。という。


私はそういった類のものを全く馬鹿にしているわけではない。
私自身がそういった霊を感じやすいタイプの人なのだから仕方ない。
若い頃は葬儀社の前やお墓の前を通っただけで、「あっ、憑いてきたな」と思うことがしばしばあった。

今でも滝の傍には近付かない。
夫と紅葉を見に行って人けのない断崖をみてヤバイよと言って逃げ出したこともある。




今友人は病み上がりで生命力や免疫力が落ちている。
そこに霊が憑いていてあなたを苦しませるなんて言われたら怖くて脅えてしまう。
そんな思いに陥ったら人間明るい清清しい方向には進めなくなる。



さてどうしたものだろうと考えた。

悪い霊とは何か?
ひとでなし、人の不幸が嬉しい薄汚い了簡の輩、人を苦しめてやりたい悪鬼、
これらはこの世の中にもにうじゃうじゃ居る。

霊でも生きている人でも大差はない、性根の腐った奴は生きていても死んでいても同じだ。




誰の心の中にでも強弱の違いはあっても負の感情と正の感情がある。
妬ましさや嫉妬、悔しさ、悲しさ、恨み・・・。
自分の中のそんな負の感情をコントロールしながら人は生きている。

そのコントロールが出来ない人や霊に見込まれると困るのだ。



人には人を思いやる優しさがある。
守護霊なんて素敵な霊は優しく見守り助けてくれる。



成仏できない悪い霊に見込まれたら、さてどうすればいい?

私はある時から、自分で祓うことにした。
肩に乗ることが多いので、肩を手で払って「お前の来るところではない(`□´)!」と一喝する。



一喝するには力が要る。
大声ではなく気迫。



友人と話していて気付いた。
気弱にもなっているが、それ以上に優しくなりすぎている。
人間、優しいのはとても重要なことだ。人としての宝だ。
しかし、その優しい心の横にチラッと見えた弱さを見て、付入ってくる輩がいるのだ。
その輩は霊とは限らない。生きている人間の中にもそんな奴はいっぱい居る。



その心の隙を狙ってその人の心を蝕むことで快楽を感じる悪い奴には、しっかり対峙して付(つけ)入る隙を与えちゃいけない。

自分の中の優しさを守るのは自分自身しかない。(ง •̀_•́)ง



人に対して優しすぎたり無防備だったりしたら、思わぬ痛手を受けることになりかねない。



昨日娘が「クレーマーにやられた!(-""-;)」と心に傷を負っていた。

負の感情を誰かに叩きつけてストレス解消する方法として
氏名も名乗らず顔も見せず、低姿勢を旨とする対応を求められる相手に罵詈雑言の言葉の刃(やいば)を浴びせかけるやり方が堂々と罷り通っている。

これもいじめの別バーションなのだろう。


そんな相手から身を守る術を身につけねばならない世知辛い世の中になっているのだと思った。






一週間後にまたその友人と会った。

彼女は元気になっていた。
シャキッとなっていた。


悪鬼を跳ね除ける力が湧き出たようだった。



よかった。d(@^∇゚)/ファイトッ♪




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posted by win-manma at 15:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 暮らし
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