2019年06月28日

幼児の知的欲求

幼児期というのは色々と知りたい欲求が半端ない。

これは何? なぜどうして?
娘が小さい時も質問攻めにあった。

最後はどうしてだと思う?と反対に問い返すと一丁前に頭を絞って面白い返答をしてくる。
その度に凄いな、いろいろ考えているのだな、その発想力ずっと持っていたらきっと天才になるな、なんて親馬鹿になっていたものだった。


孫は理系だなと時々このブログで書いた。

根拠は娘が幼いころは言葉や文字に強く興味を示したが、孫は言葉より先に児童科学館の力学の模型などを喜び特殊車両や新幹線、プラレールなどに我を忘れて没頭している様を見てそう感じた。


発端は生後4ヶ月の時に買ってあげた、O'ball ラトル&ロール レッドカー に興味を示した時からだった。

赤ん坊なんだから動くものに興味を示すのは普通じゃないか?と思う人は多いかもしれない、がよく見るとどこを見ているのかどの程度の興味を示しているか見て取れる。


そして一年二年と時を経るにしたがって喜ぶオモチャの系統がはっきりしてくる。


先日娘からここ二三日機嫌が悪いからどうしたんだろうと思っていたんだけど、Z会のドリルをさせてやったらようやく機嫌が直って落ち着いたわ。知的欲求不満だったみたい。
どうしもんだろうね。とメールが来た。


娘たちは幼児期からお勉強させることに抵抗感を持っている。のびのび育てたいと思っているらしい。
私も同意見だ。

幼児教育と聞くとお受験勉強を連想する人が多い。

頭を良くする勉強のさせ方なんてハッキリうたい文句に上げている幼児向け教室やパンフを見ることもある。


頭の良い子には幼児期からのお勉強は必要ないと私は思っている。


だが、知的欲求の強い子に何も与えないというのは食事を与えず飢えさせる行為に似ている。

ではそんな子には何を与えればいいのか。


子供は自ら興味の方向に触手を伸ばしている。

親がその触手とは全く違う方向に引っ張って行っても、子供には迷惑でしかない。


草原の風を心地よいと感じるのか、高原の空気が吸いたいと思っているのか、磯の匂いを嗅ぎたいと思っているのか。
漠然と言えばそういうことなのではないだろうか。

つまりどんなところに連れて行ってやれば喜ぶのだろう、のびのびとした知的意欲をひろげる喜びを与えてやれるだろう。と親は考えるべきなのに、このランクのドリルをやらせたら、或いはどのくらいの難易度の勉強をさせたら将来有利に問題をこなせるようになるだろうと考えるのは本末転倒だなぁと私には感じられる。


生物化学に興味を示すのか、物理にはてなマークを示しているのか、空間認識や図形、または数学的な面白さに興味を持っているのか。

子供の知的欲求には根っこにそういうものが隠れている。それを理解してちょうどいいストライクゾーンに遊びやゲームを与えてやれるようになってほしいわ。と娘に難しい問題提起を投げてみた。




去年のクリスマスにフィッシャープライス プログラミングロボというおもちゃをプレゼントした。
つなげたパーツの命令で自走するイモムシロボを思い通りに走らせましょう。ボディの8つのパーツにはそれぞれ「前進」や「右折」に「左折」、「停止&サウンド」などの命令が組み込まれており、連結を変えるだけで、走行ルートが自由自在に操れるよさあやってみよう。というオモチャ

残念ながら孫はこれには全く興味を示さなかったという。
ということは、組み合わせで変化させて自在に操るという頭の使い方には興味はないということだ。


孫はただ単純に動くことを面白いと思うのだろう。
ということは用意された答えに従うのはおもしろくないと感じたということだ。
起き上がりこぼしや弥次郎兵衛に面白さを感じる。そこにはなぜ??があるな。
うん! 確かに有るなぁと私は思った。大人が考えたプログラミングの先の答えには確かに面白さはないかもしれないな。


もしかしたら孫はもっと自然な素朴な根本原理に疑問を見出し見分ける勘を持っているのかもしれない。幼児の疑問とはそういうことか。なるほど。


ならば系統別の違いを見つけて、それをグラフ表記する作業などに興味を示すかもしれない。
または展開図から立体を想像できる力があるかもしれない。言葉から三次元の想像を膨らませる力があるかもしれない。
これは空間認識につながっていくのだはないだろうか。


いろいろな方法でアプローチをかけて子供の興味を掴んでみるのもおもしろい。




娘は言葉に興味を示したので「ものがたり本」をよく読んでやった。
そして主語熟語、動詞副詞形容詞などをそれぞれ個別に強調しな読み、その違いを教えると面白ろがり、よく理解した。
ものがたりの登場人物への興味や感情移入に進むことはなかった。文字を読むことが楽しい。言葉の成り立ちや構成に惹かれている様子だった。
この子は文学少女ではないなと思った。長じて法学部に進んだ。


親は子供に適した環境を提供してやりたいと思う。

子の知的欲求に適した環境というのは分かりずらく難しい。にもかかわらず知識欲の強い子は親にそれを求めてくる。
うるさい!と一喝してしまうのはもったいないと私は30数年前思った。


知的欲求を放置すると子の方もだんだんフラストレーションを溜めてイライラしてくる。


私の場合、子育てはそれとの戦いだった。



出来る子を持って幸せねなんていう人がいるが、とんでもない!!



とっても手が掛かるんですよ。ね、できる子を持ったあなたならその苦労わかるでしょう?




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posted by win-manma at 21:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 暮らし
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