図書館にリクエストすると直ぐに最寄りの図書館から届いたと知らせがきた。
水上勉作品を読んだことはなかった。
「飢餓海峡」「越前竹人形」など貧しい庶民の生活を題材にした暗い叙情的作品というのは苦手だ。
この手の苦労を背負った辛い物語を好まない質で、どちらかというと苦労を吹き飛ばす明るさを持った主人公が登場する物語が好きなのだ、読後感のさっぱり感を楽しみたい。
要するに私は苦労嫌いの馬鹿垂れだなと自分を顧みたりするこの頃である。
この「土を喰らう日々」は精進料理に親しんでいる水上さんの料理を12ヶ月に分けて載せてある。
水上さんは少年期、禅宗の寺で養われた小坊主の時に台所を任されてたらしい。
住職に精進料理を叩きこまれた様子が書かれている。
寺の料理は畑や山で食材を調達することから始まり、それを無駄なく幾通りもの料理に仕立て上げる知恵や技が要求さたと書かれている。
あー昔は自然と向き合いながらその日の食べ物を得ていたのだなと改めて教えられた。
今はスーパーや産直の店で多くの野菜や肉や魚を買い揃えてられる。
それを何でもかんでも冷蔵庫に詰め込み、いつ買ったのか忘れてしまったような食材が棚の奥に無残な姿で残っていることもしばしば。
先日読んだ
「本当に大事なことはほんの少し」ウー・ウェン著にも書いてあったように、買いだめしちゃだめだということを少し生活に取り入れるようになった。
おかげで冷蔵庫の中で野菜が凍ることがなくなった。詰め込み過ぎていたらしい。
そして食材を大切に扱うようになった。
そしてこの土を喰う日々を読むと美味しくいただくことの大切さ姿勢を学ぶことになる。
水上さんが数十年前の梅干しのことを題材にしておられた。
小僧時代の和尚が作られた梅干しが美味しかったとその梅干しを数十年後に頂いて涙するというお話。
その話を雑誌の載せると、若い読者からそんな古い梅干しが食べられるものかと非難された。
水上さんは怒っていた。今時の漬け方とは違うのだ!手間暇かけて大切に大切に作られる梅干しは何十年もいや百年以上もつのだと!
そうなのだ。
甘味料など使っていない紫蘇と塩だけで漬けて美味しい梅が世の中には確かに有る。
我が家ではあまり梅干しを食べないが時に欲しくなる。
そのために、御粥しか喉を通らぬ時の為に300g1000円の梅干しを買い置きしている。
これこそが本物の味という物が確かにある。
私はその味をいくつか知っている。
それを改めて思いおこして幸せな気持ちになった。
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