サブタイトルが「本来の意味に戻り、補佐役に徹して夫婦円満」
妻の尻に上手に敷かれよう。そんな夫達がつどう『全国関白宣言協会』(全亭協)というのがあるそうです。
会長の天野周一氏いわく、
亭主関白とは歴史を紐解けばすぐわかるが、関白とは、天皇に次ぐ2番目の位。 家庭内ではカミさんが天皇であるから、「関白」とは奥様を補佐する役目。 また、「亭主」とは、お茶を振る舞う人、もてなす人という意味。
理念・亭主が変われば、日本が変わる。日本の未来を明るくするのは、 上手に妻の尻に敷かれる心とワザを持つ亭主力である。
使命・妻はいつでも微笑みたがっている。そしてそれができるのは 亭主である自分だけだと心得え、日々、実践。
この方、団塊世代の友人の熟年離婚を目の当たりにして奥様に話したところ「次はあなたの番ね」と冷ややかに言われ”こりゃヤバイ本気だ”

先日古い友人と夫との付き合いについて話したのですか・・・
子どもに恵まれなかった彼女は
お互いが中睦まじく幸せに生きてゆくためにどうすればいいかを考えて生活しているというのです。
ご主人は優しいいい人です。勿論浮気もしませんし、妻の病気の介護のために早期退職する愛妻家です。
でも生活するうちには腹が立つこともある。でもそんな旦那さんだから悪気は無いんだからと思ってグッと我慢するというんですね。要するに36年連れ添った旦那さんに遠慮するらしいのです。
普通の感覚の人なら「偉いわ」「すごいね」とお座成りのことを言うのでしょうが、
manmaは「子供がいないからよ」とハッキリ言ってしまいました。

後で少し後悔しました。
子供のいない人に言ってはいけないことです。

でも・・・
少し言い訳させてください。
夫婦は新婚の時、お互いを見つめ互いに両手を持って手を繋いでいます。
そう、神父の前で両手を取り合って指輪をはめキスをするあの形です。
そして、子どもが産まれます。
子どもは夫婦の間に割って入ってきます。
子どもの成長とともに川の字になって寝る形、横に並ぶんですね。
夫婦の距離はちょっと開きますが、子どもが鎹(かすがい)となってしっかり繋がります。
そして子どもを男性(父親)として女性(母親)として見つめ協力しながら育てます。
育てるうちには意見の衝突もあります。価値観の違いに失望することもあります。
こうして、夫婦は最初とは違ったつながりを保ちながら数十年と暮らしていきます。
熟年離婚はこの鎹(かすがい)が無くなった夫婦がその距離をどうするかだと思うんです。
この時期は、親の介護や親の死を乗り越えなければならない時期とも重なります。
また、自身の健康にも不安を抱える時期でもあります。
定年退職で経済状態や生活が大きく変わる時期でもあります。
manmaの友達に言った「こどもがいないからよ」というのは、
子どもを育てるうちに見えてしまった夫の或いは妻の人間性や価値観や責任感や愛情その他諸々の気持ちを引きずってきてしまったら
相手の気持ちを思いやってグッとこらえるなんて心境にはなれないということなんです。
「言っても無駄

あと、母親の気持ち(母性愛)で夫を大きく包み込んで「馬〜鹿」(笑)
というのもあります。

勿論、そんな夫婦ばかりじゃありません。夫唱婦随 婦唱夫随で互いに尊敬し合い、お互いに好きで好きで一生愛し合って暮らし。
片方が掛けると後を追うように弱って死ぬ夫婦もキッとどこかにいると思います。
また、振り返ればやっぱりこの人しかいなかった。この人を信じて生きてきてよかったと思える老境に至る人もいるかもしれません。
子どもがいて夫婦の距離が広がり谷ができてしまった夫婦も新関白宣言した夫のように妻の所に寄り添い歩み寄ることで平和と安らぎを手に入れる場合も有り。
離婚に至る場合もある。
諦めのうちに孤独に馴れる術を身に着ける人もいる。
さて、我が家はどうなりますことやら。

50、60の洟垂れ小僧が何ぬかす。

「夫婦は50年連れ添わなきゃ本当の完成形には成りえんのさ」という声が聞こえそうな気もします。
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