2016年10月31日

高齢者の運転

夫は来月70歳になる。

今年、高齢者講習を受けに行った。
反射神経や認知症のテストがあったと言い、全て年齢以上の好成績をもらえたと喜んでいた。

私は運転免許を持っていない。
免許を採りたいと言った時、
「何処にでも、行きたい時行きたい所に運転して連れて行くから採らないでいいぞ!!」と言い張ったのは夫。
その約束どおり、夫はイヤな顔一つせず何処にでも乗せて行ってくれている。
だが、今後夫が運転できなくなったら私はひとりでさっさと出かけられないことに最近気付いた。
何処に行くにも公共交通機関を利用しなければならず、最寄り駅や停留所まで時間を気にしながら徒歩で急ぎ、重い荷物を抱えて移動することを思うと、今以上に外出嫌いになること間違いなしだ。
そんな我が身を想像すると将来像は暗くなってしまう。


夫が自分はあと何年運転できるだろう。と、先日の小学生の列に87歳の老人が突っ込み小さなかわいいお子さんの命を奪った事故を聞いて言う。

運転中、突然意識を失ったというニュースや事故を聞くと人事(ひとごと)では無いと思える年齢になっている。

高齢者の運転は今後益々拡大するであろう社会問題だ。

都会のように交通網が行き届いていない地方の人達にとって、自家用車はまさに足である。
その足が奪われては困る。
が、不安を抱えつつ運転を続け、加害者になってからでは遅い。
いっそ後期高齢者になる時点で高いハードルをクリアできなければ免許更新されない、毎年の更新を義務付ける等のような手を打っていただきたい。
頭も身体も硬くなっている頑固なお年寄りに自己責任の曖昧さを正しても無意味だと思われる。なぜなら自覚が無いのだから正しようが無いではないか。その上新しい事を受け入れるキャパがかなり狭まっているのだから困る。
自己の身体能力の衰えを自覚できなくなっている老人にはやはり強制的措置を実施するしかないように思うのだが・・・。





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2016年03月22日

なみだ目.2

2014年07月14日に 「なみだ目」について書いていた。

すっかり忘れてしまっていた。

最近なみだ目が進行してタラりと流れることもある。


二年前はシッカリ閉じると軽減するらしいと書いている。

二年前からなのか(・・。)ん?と我が事ながら健忘ぶりに呆れながら認識を新たにした。


今年調べたところによると
目の表面の張力が衰え、顔の皮膚同様弛みが生じて涙腺の機能を阻害していると書いてあった。


そういえば、義母様は白内障の手術をしてから老眼鏡ナシで新聞が読めるようになったと言っていた。
水晶体をきれいにして眼内レンズを入れてもらう手術をしたら老眼の症状まで改善されるなんて知らなかった。


先日遠近両用レンズの付け心地が悪くて眼科に行った際、左目に白内障出てますよ。と指摘された。

遠近コンタクトレンズ(3)


早めに白内障ケアしてもらった方がイイのかもしれないなぁ。(・・。)?



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2015年09月22日

シルバーウィーク2015年

お彼岸と敬老の日が重なった21日
夫の実家の仏壇に手を合わせにいった。
以前、お前達はお墓参りは行く必要ないのだと義兄に言われているので仏壇に手を合わせる。

そして義母さまを見舞った。
義兄が骨折で入院中なので兄嫁と一緒に施設に行く。

義母様、相変わらず不機嫌で体の不調を訴える。
聞く方はもう皆ウンザリしている。
少し汗ばむ陽気、皆ジンワリ汗をかいている。
義母さまに言わせると「今日は生汗(なまあせ)が出る。~(-゛-;)~」になる。
喉に違和感がある。一度カメラを入れて見てもらった時、出来物がある言われた。
食べ物がつかえる痛みがある。と、訴える。
体調不良を訴え病院の診察をせがむのが癖になっている。

今日は兄嫁が一緒に居てくれたのできっぱり否定してくれた。
「診察の結果、何も無いと言われたよ。カメラを入れてもらったのは2回よ!」「のど飴が効くんやろ?」
なんだか頼もしくさえ感じる。溜飲が降りる気分だ。
毎回毎回病気依存の人の訴えを聞くのは気が滅入る。お見舞いの足が遠のくのを聞いてやることくらいしか出来なのだから・・・。と思い直してお見舞いに行っているのだ。
93歳でも陽気に明るく生きている老人を見ると拍手を送りたくなる。

義母様、今度は私達に墓掃除の手伝いをしろ、兄嫁が病気にでもなったら大変じゃないかと言い出した。
兄嫁に限らず主婦が病気になったらどこも大変なのは同じ。
私が病気になっても大変なのだが、それは義母様自身には関係ないことだと思っているらしい。
要するに大変なのは自分の世話をする人がいなくなったら大変だということなのだ。
兄嫁の苦労を労う気があるなら、世話や気苦労を掛けないように気遣うことの方がよほど大切なのに、その気は全く無いらしい。
義兄は親の面倒を見ているのだ、あんた達が義兄を手伝うのは当たり前だ!という手前勝手な発想はちょっと勘弁してもらいたい。浅はかな女はこれだから困る。舅が亡くなった時長男に頼ると決めたのはあなた自身ではないか。
そしてその後、本家を引き継ぐことを決めたのは兄達自身が出した答えだ、その息子である甥も自分は本家の長男だと言って憚らない。本家の長男であることにプライドを持った人達なのだ。
その時全財産は長男である兄が引き継ぐからいいな!と、次男三男は約束させられている。
だからといってもう関係ないと介護の面倒など掛けないでくれと思っているわけではない。
親が危うくなれば助け舟を出すのは当然だと思っている。
本家の家長である兄が義母様を見捨てるようなことがあれば、チョッと待った!とレッドカードなりイエローカードを出す気構えでいる。
我々の役目はそこだ。この存在は義兄達にはプレッシャーとなる。このバランスが義母様にとって重要なのだ。
義兄がどうしても介護ができないような困った状況になれば義兄が我々に招集を掛ける。
そこで兄弟で話し合い対処法を協議する。それが筋だ。
義兄もそこのところはわきまえていて、よほどのことがない限り我々に「困ったどうしよう」とは言わない。

いい年をして(93歳)そこのところの判断を間違えてもらっちゃ困る。
兄嫁へのおべんちゃらのつもりで言ったのだろうが、その出汁に使われては迷惑、笑止千万だ。
物事がスムーズに進むにはそれなりの道筋のつけ方というのがある。
それを間違えると迷路に落ち込む。堪えるべきところを堪え切れずに茨の道を進むことになる。トラブルが絶えない状況にもなりかねない。
家長、長男の才覚とはこういう時に表れる。ちゃんと治められるか器が試される。

義兄夫婦は今、後を継いだ長男として意地とプライドを持って頑張っている。
気の毒だと同情して助けようとしても素直に快く受け入れてはくれない。
我が夫が俺の親でもあるのだからと手を出せば長男としてのプライドを傷つけることになりかねない。
私達のできることは時に愚痴を聞き相談に乗ることくらいなのだ。
そして無事に義母様をおくりだす日が来たら我々は心から義兄夫婦を敬い感謝しなければならない。


本家の長男というのは特別の存在として昔は育てられた。
相当の財産のある家では○○家が栄えるように公私に渡り動き働き、分家が立ち行くように相談に乗り、助けるから偉かったのだ。
財産だけ受取って私服を肥やすような狭い了見で務まるようなものじゃなかった。そんな家はいずれ滅びるというのが一般的な見方だった。

今は、小さな土地と古ぼけた家を貰って長男面をしている人が多い。
滑稽なのだが、案外これが今の主流になっているから面白い。

歳を取れば心細いのは分かる。
しかし、人に対する思慮や優しさ失った姿はつくづく哀れだと思う。
わが身を我が命を永らえる為には他人など構っていられない、そんな潜在意識がそうさせるのだろうか。
上っ面な優しさではなく、死ぬまで持ち続けることが出来る芯の優しい心根や思い遣りの気持ちはどうのようにして培うことが出来るのだろう。
posted by win-manma at 00:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 老い

2015年09月15日

リフトアップ

もともとほっぺがふっくらした顔立ちだった。おまけに笑窪までほげる。
これが子供の頃は可愛かった。
しかし、大人になると細面の小顔に憧れたものだった。

歳を取るとこのふっくらほっぺが下がってくる。
昔、剃刀でザックリ切った跡が白く残っていたのだがこれが数センチも下がっている。
下瞼の涙袋の位置もしっかり分かるほど劣化している。
これは、50代で出てきたアレルギーと経済的苦境のダブルパンチで高価な化粧品が使えなくなったことが大きく影響している。
60になって多少ゆとりが出て鏡をシゲシゲ見るとあまりの劣化に打ちのめされ悲しくなった。

さてどうしたものか、
相変わらずアレルギーとの戦いの日々は続いている。
異質な物が体内に入ると免疫が興奮して粘膜や皮膚を攻撃して痛めつける。
鼻の中がヒリヒリしてくる。後頭部の髪の生え際が皮膚炎を起こす。皮膚のあちこちに針で突いたような湿疹が出てえぐる様な痛みをともなう。

この反応をかいくぐる化粧品がなかなか無い。

数年前、娘がロクシタンのディヴァインというのを持ってきた。
少し使わせてもらったところアレルギー反応が出ない。(・・。)ん?
しかし、高いexclamation×2
セットで使うと37500円(税抜)
一年間使うと75000円(税抜)かexclamation&question
と、思ったが10年間放置されたお顔の小皺とたるみは見るも無残。

この37500円で10年間を取り戻せるのか?
そう思いつつ挑戦してみた。アレルギーが出ない高級化粧品は他にないのだから・・・と。

結果、洗顔時の掌に伝わる小皺感がだんだん薄れていく。
この化粧品の謳い文句である7つのエイジングケア効果か???
そして1年以上経過。
確かにリフトアップしている。

人間慣れとは怖いものだ横着なる。
小倉まで買いに行くのが面倒になって、浮気心が芽生えた。
資生堂のアレルギー向け化粧品dプログラムのアンチエイジング商品バイタルアクトがある。
高価格帯となっているのだしこれならきっと大丈夫だろうと思い購入してみた。
値段も化粧水1本あたりロクシタン6000円に対して4500円と多少買いやすい。
そこでふと疑問。
量が少ないexclamation&question1ml当たりの値段を出してみると6円もdプログラムの方が高いではないか。(゚゚;)エエッ

サンプルを試した。
翌朝、お顔の張りは失われていた。アッ!(゚ρ゚;

1200円も割高な上に効果が劣るとは・・・。たらーっ(汗)

商品は開封していないので申し訳ないが返品させてもらった。
デパートで買ったので出来ることだが、これがネットなら簡単には返品に応じてはくれない。
ネット販売は安い代わりにこのような時には困る。使い分けが必要だ。


ほっぺがたるむのは寄る年波、地球の引力に太刀打ちできないのは当然の摂理なのだが、多少なりとも可愛くありたい、キレイでありたいと思う気持ちは失いたくないものだと思う。

先日カルチャーセンターでいつもキレイにしていらっしゃる女性と隣り合わせになった。
ご自分をお婆さんだと言われるのでお幾つですかとお聞きしたら72歳と仰るがどう見ても60代前半。
元々色白の美人タイプだったことは想像がつく、おっとりしていて可愛いピアスが似合っていらっしゃる。
オシャレを楽しむ心のゆとりがキレイの秘訣なんだろうなと思った。
お手本のような女性が近くにいてくれるだけで励まされる。
10年後わたしの72歳はさてどうなっていることだろう。
posted by win-manma at 16:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 老い

2015年08月24日

鼻毛

鼻毛?・・・アッ!(゚ρ゚;。あせあせ(飛び散る汗)

しかし、一度書いておきたかった。


随分前、夫の母方の叔母が入院した時、義母さまと息子達・嫁達、一同揃ってお見舞いに行った。


この叔母はとても淑女で良妻?(夫を早くに亡くしている)賢母!。


私も人格者だと感じ尊敬もしていた。

会えば笑顔を絶やさず、よくまわりを気遣ってくれる。

主婦業が大好きで、掃除洗濯料理には研究心旺盛で、室内も自分もいつもキレイを保ち続けていた。
昔は電話で長話もしたものだった。

その叔母が大病院に入院していると聞き、みなで励ましに行ったのである。

叔母は突然皆が押し寄せたものだからビックリした様子で、何はともあれ談話室に皆を案内した。
もちろん叔母はパジャマ姿である。
いつもは薄くなった髪を気にしながらも、ふんわり立ち上げて形好く整えている。
お化粧も昔の人特有のちょっと白目のファンデーションに上品な口紅。

律儀な叔母は病院の言付けをキチンと守るタイプ。
勿論ノーメイクだ。
恥ずかしかったんだろう。いつも以上に高いテンションで喋っていた。
いつもの笑顔がかわいい。

しかし、その鼻から白髪の大きな鼻毛が顔を出しているのを私達は見てしまった。


夫が病院からの帰り道、「鼻毛出てたもうやだ〜(悲しい顔)」と言うのである。
私、「うん、出てた(;・o・)m」

それから夫はことのほか鼻毛を気にするようになり、私は叔母の当時の年齢に近付きチェックを欠かさなくなった。
脳裏から離れない強烈な印象だった。
もちろん叔母の人格や容姿を否定するに及ばないことは重々分かっている。
しかし、叔母の話題がでるとその都度鼻毛が浮かぶのである。

人間とはおかしな生き物だ。



あれから30年。叔母は90歳を過ぎ1人で歩くことが困難になっているらしい。
今は、尽くし通した独身の息子の介護を受けながら自宅で生活している。
老いて見苦しくなった姿は見られたくないらしく来てほしくないと言われている。

老いてもステキありたいと思う老人の見得なのだろう。

私には、弱味や負い目をさらけ出させないオーラがあるらしい。
不徳の至りだと思う。


言う事は正しくて筋が通っていても、深く物事を考え抜いていても、これじゃダメだ。

しかし、
私自身が弱味や負い目をさらけ出せない人間なのだ。
弱さを見せられない人間が、人の弱さを包み込むやさしい思いやりを持ちえるはずが無いじゃないか。
持ったとしても、哀れまないで!と言われるのが関の山だ。

もし、私が大きな鼻毛を覗かせていたら
きっと、誰も笑ってはくれず、スルーされず、その印象だけが焼き付けられるのだろう。


己の不徳をしみじみ感じる今日この頃である。
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2015年02月14日

遠近コンタクトレンズ(2)

今日佐賀まで遠出した。(ドライブ)


そこで気付いたこと。


このレンズ、室内での生活範囲なら、良く見える。
2〜3メートル範囲の遠く近くならストレス無くとても良い。



しかし、ドライブなどで遠くを見ると一瞬ボケることに気付いた。

瞬きをすれば見えるのだが焦点が合い難い。

夜になると、車のライトや信号機の光が反射散乱する。
乱視の人は経験あると思うが光が拡散して非常に美しい光景を見ることが出来る。
丸い点であるはずの電球の灯りの一つひとつがダイヤモンドのように輝く。
あれと同じような見え方をする。


車を運転する人にはちょっと辛いかもしれないと感じた。


まだ装着して慣れていないからかもしれないので決定的とは言い難い。

また、私の場合遠くが0.7までしか出せていない点も考慮した方がいい。



夫が先日メガネを作ったときの担当者は、視覚神経が新しいメガネに慣れるまでに時間が必要です。
少しずつ慣らして下さいと言っていた。


今回買ったニチコンの遠近両用コンタクトの場合、一年間の猶予期間がある。
視覚神経や処理能力(頭脳)の変化を踏まえてレンズを交換してくれることになっている。


数ヵ月後、視力検査をしてもう少し視力が出せるようなら、適切なレンズに交換してもらおうと思っている。


その時は又ご報告します。
posted by win-manma at 22:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 老い

2015年02月03日

遠近両用コンタクト

以前、若い頃コンタクトレンズを入れたことで生活が一変したことを当ブログで書いたような気がする。


ボーと霞んだ頭がスッキリした。
物を目で捉えることの楽しさを初めて知った。


それから妊娠中(拒否反応)を除いてコンタクトレンズの無い生活はありえないことになっていた。

しかし


50歳を過ぎた頃から老眼による疲れか?
メガネの方が楽になっていった。
しかし、メガネは1.0の視力にすると物体が小さくしかも道路が湾曲して見えてしまう。
0.7の視力にすると遠くの物が見えにくく、近くの物は多少見えるが新聞などは無理。

そこでコンタクトレンズに老眼鏡というスタイルになる。

普段の生活では多少不便。
夜になると目が疲れて真っ赤。
パソコンにへばりついたような生活(仕事)なのだから仕方ないと諦めていた。


そんな平凡な生活に海外旅行の話。

娘がヨーロッパに居る間に一度は来るでしょう。と、軽く言われても・・・。あせあせ(飛び散る汗)


初めての海外旅行がヨーロッパとはハードルが高すぎる。ヽ(*'0'*)ツ ワァオォ!!

英語も分からない!!!
国際線?
パスポート取得?
荷物は?着る物は?スマホは?アプリは?・・・・・・・・


ツアーではないので自分でチケットもとらなきゃならない。
いくら掛かるのかも知らない
国際線のサービス内容を理解するのに1日を要する有様。


ここでふと思った。

空港でどっちに歩けばいいのかその標識が見えるのか?
手元のメモやチケットを見ながら探さなきゃならないとしたら、老眼鏡を掛けたり外したりでは迷子になるぞ!!

その肉体的精神的疲労を想像するだけで気が重くなる。

これは
遠近両用コンタクト?
或いは遠近両用メガネ?


そこでgoogle検索してみた。

あまり評判がよろしくない。
どちらも焦点が合わない、疲れる、というものが多い。


病院で判断してもらおうと思い、白内障や角膜手術などで評判の大きな眼科を訪ねた。

遠近両用コンタクトの場合、その人の瞳のカーブなどと合致するとイイ結果が得られるらしい。
私の場合はバッチリだった。

しかし、一時間近くも二人掛かりで検眼してくれた結果。
近視は0.7迄しか出せなかった。
老眼は新聞が読める程度にはなった。


このレンズの良い点は全く境目が無いこと。
遠視のゾーンで見ている。近視のゾーンで見ているという感覚がない。
遠くや近く、その中間地点がスムーズに見える。

これはストレスにならない。
焦点を合わそうとして焦点距離計算をしているであろう頭にやさしい。(笑)


値段は54,000円とビックリのお値段だったが、空港で途方にくれる率が減ったことは確かだと信じたい。


出発まで2ヶ月弱。一つ一つクリアしていかなきゃならない。(;´▽`A`` 
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2015年01月04日

老人の心細さ

あけましておめでとうございます。


しなければならない事が色々あるのに、テレビの前でボーと時を過ごしてしまうお正月。
仕事で海外に行っている娘が帰省できないことをいいことに、はじめてお正月料理を力いっぱい手抜きした。
人は誰かのために料理をするものなのだなぁ・・・つくづく思う。
自分だけならインスタントラーメンでいいやとなる。
夫がいるから最小限の正月らしさを整えようかと思う。
もっと歳を取って誰かのために作れなくなったら、台所に立つ義務感も意欲も失せてしまったら、張り合いのないことだろうなと思う。


お正月、義母さまに会ってきた。

今日はどうしたのか?と仰る。
ご無沙汰すると精一杯の皮肉を込めてこう言う。



義弟のように年に一度しか行かなければ、そうは言わないだろうなと思う。

見舞った後、義兄の家に年始に行くと、不満が溢れていた。(笑)


例えば
義母さまの時計が止まると直ぐに電話が掛かってきて、「時計が止まった!!!」「どうにもこうにもならん(ง •̀_•́)ง!!!持ってきて頂戴!」
電話を受けた兄嫁はバスに飛び乗って持っていくのだそうだ。


義母さまは常に身体の不調を訴える。病院に行き、胃カメラ、骨のレントゲン、血液検査、etc
結果はどこも悪くないと診断される。その繰返し。
施設の職員達は「またか」と思うらしく相手にしなくなった。
病院でどこも悪くないといわれれば、安心するのか症状を口にしなくなる。


かまってもらいたいのだろう。
幼児が弟や妹が生まれて大人の感心が赤ちゃんに移った不満から赤ちゃんが帰りするのと一緒だ。


ようするに淋しいのだ。

耳が遠くて施設の人たちとはコミュニケーションがうまくとれない。
1人で時間を持て余す。
かといって1人遊びを見つけようとも思わない。
本も読みたくない。テレビは音声が聞き取れない。何もしたくない。
そして時間が経たないと愚痴ってまわりを困らせる。

気の毒にと思う。そして気の毒な性格だと思う。



そんな義母さまを見ていてこんな人のために宗教はありがたいのになと思った。

人の在り様をやさしい言葉で教え導いてくれるのだから宗教はありがたい。
どんな境遇にあっても謙虚になって信じて従えば心安らかに生きられる。
南無阿弥陀仏を唱えればだれでも極楽浄土にいけるという教えはスゴイ。

淋しくて、心細くて、病院の医師や息子に訴えてもその心の寒さは癒せはしない。
医師は身体を薬や施術で治すのが使命。
息子はいつまでも愛と慈しみのおおいなる母であることを信じている。
そんな息子には、母の赤ちゃん帰りしたような心理を包み込むことなどできない。



さて、今年62歳になる私は30年後どういう歳の取り方をしているのだろう。
宗教に頼ることを逃げと感じている私はどこまで突っ張りとおして凛とした母でいられるのだろうか。


母としてのプライドを失った時、私には何が残るのだろう。
一人の人間としての核が顕(あらわ)れるのだろうか。
それは、
人々への愛だろうか。全てに対する不平不満が溢れるのだろうか。自分の生命への執着だろうか。悲観的思考だろうか。


それに留意しながらこれから先の老齢を歩かねばならないと思う。

私の核には確かに美への執着がある。
芸術や自然の美に心酔わす癖(へき)がある。澄んだ水の美しさにさえ感動する感性がある。
その感性を頼りに心の平安を持ち続けることは可能だろうか。


90歳になっても朝露に輝く植物を見て美しいと感じる幸せ者になれるだろうか。

美しいものに心洗われる一年を過ごしたい。



年頭に思う。2015年正月
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2014年06月01日

義母さま92歳

久しぶりのお見舞い。


丁度おやつの時間でホールにお年寄りが集まって抹茶葛を食べていた。



義母さまは直ぐに気づいてくれて三人掛けのソファーに座ろうと言う。


そこで「調子はどう?」
「午後から震えがくるこが多いけど、今日は来ないね」などと話していたが
お年寄りのこと、段々声が大きくなる。


夫が回りを気遣って、廊下に出て話そうと誘うと「そう?そうしようか」と素直に出てきた。



パーキンソン病のことを話したい様子。


「施設の看護師に『具合が悪くても、もうこれ以上薬を増やすと副作用が出るからね、我慢しなさい』と言われたと」と不満をもらす。


この看護師さんなかなか厳しいことをはっきり言う人らしく、義母さまはあまりお好きではないらしい。


私は芯に厳しさのある人が好きだ。


どうにもならない具合の悪いことを殊更に心配するより、調子の良いことに感謝するといいよと言ってくれたという。


優しいだけの人はまぁ可哀そう!としか言ってくれないものだが、
厳しさを持っている人は、だからこうした方がイイのよと道を指し示してくれる。

しかし、苦しさの最中(さだなか)にいる人にとっては苦しみに鞭打つ人にしか感じられない。




苦しい現状を受け入れることは難しい。厳しいことを言う人は避けたいと思うものだ。

そして、否応無く与えられた試練や苦悩に必死にもがいている自分を慰めてほしいと願う。

辛いねと言って一緒に涙を流してくれる人を理解者だと認識し、
心を開いて甘えさせてくれる相手だと思う。




それなのに、

いくら優しくされても、苦しさからは解放されない。
むしろ苦しみや試練に背を向けた途端、弱音が勢いを増して自分自身の苦しみは増幅されるばかりだ。




苦しみから逃れられないのなら、向き合うしかない。

向き合って、客観的に眺めて観察して、雨降りがよくない、冷えがいけない、寝不足がいけない、便秘になると発作がひどい、周期的にくるようだ。目覚めのイイ日は発作が来ない、等々。



そうやって苦しみに向き合い、耐えている姿を人は見て手助けできないだろうか、なんとか痛みから救ってあげたいと思うのではないだろうか。



義母さまに限らず痛ければ人一倍痛がり、苦しければ苦しいと叫んでいては、もっとスゴイ本当の苦しさを目の当たりにしてきた人には響かない。


厳しいことを仰る看護師さんは、「あなたはまだ一人で歩ける、自分でご飯も食べることが出来る。幸せなことよ」と言われたそうだ。


なんと優しい言葉だろう。



92歳になっても頭はシッカリしている。

ボケていない。息子の顔も嫁の顔も直ぐに分かる。


孫は外国に何年居なきゃならないの?と聞いてくれる。


ちゃんと人間の尊厳のなかで生きている。



まさか90過ぎても生きてるなんて思ってもいなかった。ヽ(*'0'*)ツ ワァオォ!

100まで生きてたらどうしよう、そんなに生きなくてイイよ〜。


義母さまの率直な思いだそうです。






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posted by win-manma at 16:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 老い

2014年04月27日

嫁姑からのつづき


前回の「嫁姑」からの続き


『老いては子に従え』という諺がある。
意味は、年をとったら出しゃばったり我を張ったりせず、何事も子に任せて、これに従っていくほうがいいということ。(故事ことわざ辞典より)


時代の流れや政治の意向で制度が変わっていくのが世の常、
歳を取ればそれらに付いていけなくなる。子に従わざるをえなくなる時がやがて来る。


歳を取れば否応なく人は体力的にも頭脳的にも弱くなる。
しかし、経験は豊富、培った知恵が役に立つことも多い。

それが役に立つ間は重宝がられるかもしれない。
それが役に立たなくなると社会や家族の厄介者になるのが現代である。


その時、あの嫁の世話にはなりたくないと頑(かたく)なになるか、
「ありがとう、長生きして済まないわね」と微笑むことができる人間関係ができているか。

昔なら「何を言うのですか、いつまでも元気でいてください。お母様が居てくださるから家が和むんです。」という本気の言葉が返ってきそうだが、今ではそんな立派な精神性を持つ嫁姑の関係など夢のまた夢。

そんな親子関係が築けたら最高だろうなと思う。
昔の世の中は今より崇高な人たちが、いっぱいしらっしゃったということなのだろうか。

今はせいぜい「いーえどういたしまして!」というところ。

昔の人たちはどうやってそんな崇高な精神性を身につけたのだろうか。

勿論、嫁姑の喧嘩は今に始まったことではない。
つまらない張り合いをしたり、イライラの元凶のように互いにいがみ合う人達もいたはずである。

儒教思想の強かった昔は、「家」主体で「家の主婦」は大きな力を持っていた。
嫁は嫁ぎ先の家風に合わせて自分を律していかなけらばならず、家風の元締めは姑。

姑に気に入られない嫁は「家風に合いません!」といわれて追い出された。
昔の思想では嫁に我慢を強いていたのだ。




そんな社会にあって、人に慕われ尊敬される主婦(姑)は、大所高所から“家”全体本家分家の人たちを束ね、重要なところで的確にアドバイスができる人だった。
“この人に着いていこう”と思わせる才覚を持っていた。

姑に助けられ教えられて分別のある大人の女に成長させてもらった嫁は「お母様にいてくださらないと・・・」と思うだろう。
現代でも会社でこんな女性上司がいたら“この人に着いていこう”と思うのではないだろうか。


女はとかく感情的に考える傾向がある。
人に対して説教する場合、反感を持たれて失敗に終わるケースがほとんどだということを考慮していない。
相手を暖かく包み込む優しい気持ちになって、相手が答えを導き出せる手伝いをしてやれれば心が開かれお互いの関係も改善される。
そうやって徐々に徐々に何年も何十年も掛けて育てていくしかないのではないのではないだろうか??

そもそも「言ってやる」というのは自分の子供に対しても間違った対応だと思う。

「勉強しなさいよ!」と言う。
勉強しなさい!と言われても子供はどうな風に勉強すれば良いのか分からない。

ドリルしたの?宿題したの?とガミガミ言う。
これは単刀直入すぎる。
ドリルできた?宿題簡単だった?と言葉を変えてみよう。
「できた!」と言ったら見てみよう。
親は答えを見るのではない。字を見るのである。
丁寧に問題と向き合っているかをみる。そして、どんなミスをしているのかをみる。

5分で宿題を終わらせたら。
親はその集中力と習熟度を後姿で読み取る。

冷静に賢くならないと親なんてやっていられない。
腹を立てる前に、どうして勉強ができないのだろう?どうしたらこの子の集中力を伸ばすことができるだろう?考えてやるのが親の役目だ。

嫁とて同じ。
散らかりほうだいの家庭で育っていれば散らかっていても気づかないし気にならない。
むしろキチンと片付いている方が居心地が悪い。
洋服は脱ぎっぱなし、台所の油のハネもベトベトも平気、遊びに行く時は目いっぱいの化粧をしてオシャレをして出て行く、出て行った後の惨状は目を覆う有様。
それならば尚更、時間を掛けてゆっくり解きほぐさなければと覚悟するしかないのではないか?


片付けてスッキリする快感を何度も体験させ。
喉まで来ている言いたい文句は飲み込んで、一緒に片付けて、「わースッキリしたわね!」と晴れ晴れとした笑顔を見せて、きれいになった部屋で美味しいケーキとハーブティーの爽やかな香りに包んでやりながら、主婦の家事のそんなささやかな楽しみを一緒に享受して導くしかないじゃないか。

最近はご褒美をぶら提げて従わせる親が多いそうだ。
嫁やわが子のご機嫌をとって意のままに操ろうというのは、上っ面だけで芯から信頼できる関係にはならないだろうにと思う。
しかし、手っ取り早い方法ではある。
面倒くさくてイヤミな親だけど、お小遣いくれるから我慢してあげる。と思われるなんて私は御免蒙りたい。
これじゃ、お小遣いくれなくなって、負担だけ掛けられるお荷物の老後はポイされても仕方ない。


嫁という他人が入れば家がギクシャクするのはどこも同じ。


縁あって一緒に暮らす羽目になったのなら、もう一度冷静に自分の立場を考えて、先行きを託せる人間関係を大切に大切に築いていくしかないのではないだろうか。

どうしてもダメなら、別々に暮らすしかない。
子供達に経済力がなくても、追い出す決断力も必要だと思うのだが・・・。
大の大人、夫婦で働けば食べるくらい何とかなる。
昔から「一人口は食えぬが二人口は 食える」というではないか。











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posted by win-manma at 19:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 老い